自分と自分たち

笑恵館では、本来所有者の収入となるべきアパートの家賃収入を財源に施設を運営している。
これを聞くと、多くの人は「自宅を交流施設として自腹で開放するなんて、奇特な方ですね」と言うのだが、話はそう単純ではない。
実際には、所有者が僕と一緒に設立した法人に土地建物を無償で提供(使用貸借)し、家賃(転貸)収入を取得する法人が居住する所有者に対し管理人報酬を支払っている。
なぜそんな回りくどいことをやっているのかというと、それは雇用を創出するためだ。
つまり、通常所有者の不労所得となるはずの賃料収益を、非営利法人の事業収益にすることで、所有者に対する業務報酬として支払っている。

僕がこのやり方を思いついたのは、ある時「アパートのオーナーは掃除や手入れなどどんなに働いても、無報酬のボランティアなんです」と所有者がぼやくのを聞いた時だった。
この人は、何もせずとも得られる不労所得を喜ぶよりも、働いても無報酬なことに不満を感じている。
そこで僕は、これまで賃貸していたアパート部分に加え、可能な限り賃貸部分を増やすだけでなく、時間貸しや住所貸しなど収入源を最大化することで、これまでの賃料収入をはるかに上回る報酬を支払う上に、開放部分の運営費も捻出した。
僕が「事業の非営利化」と呼ぶのはこのことで、不動産賃貸業と言う典型的な営利事業から不労所得(家賃収入)を排除して、施設運営という仕事の報酬に変換した訳だ。

非営利事業とは、利益を生まない事業のことだが、ここでの利益とは「不労所得」のことだとあなたはご存知か。
税務会計上は、利益のことを「剰余金」つまり「事業で余った金」のことを指し、事業の遂行に必要ないので、働かない人(所有者)への分け前となることで課税される。
営利法人である株式会社の利益(剰余金)は、会社でなく株主(所有者)のモノなので、その処分や配分が株主総会で決められるのは、不動産収入が所有者の不労所得になるのと同じ理屈だ。
これに対し、非営利法人は「持分の定めのない法人」とも呼ばれ、所有資産や収益などの正味財産は、構成員全員で所有(総有)して分配しない。
さらに、その損益は、損益計算書でなく正味財産増減表で管理され、収益事業以外の収入(寄付や会費など)は非課税だ。

「働かずに所得が得られること」は良いことか悪いことか、あなたならどう思う。
僕は報酬をもらうのに働かないなんて、もったいないと断言する。
笑恵館の家賃収入を、笑恵館の管理や運営に携わる人の人件費や光熱費などの経費に使うことで、笑恵館の価値と魅力を高めることになるならば、更に収入が増加する好循環が生まれるはず。
僕の言うもったいないとは、所有者の不労所得にすることで、その機会を失うことを指す。
いかに「働かずに稼ぐか」でなく、「稼いだ分で働くか」を考えたい。
雇用創出とは、このことを指すに違いない。

これに対しあなたは、生活の安定を確保して、老後や予期せぬ事態に備えることができるなど、不労所得の必要性を主張するかもしれないし、僕も不労所得を禁止すべきなどという気はない。
だが問題は、一部の人しか得られるはずがないものを、誰もが目指せばいいという発想だ。
僕は、優勝や合格をみんなで目指すことには、大きな嘘を感じてしまう。
かつて僕が会社を潰したとき、「会社を潰さない方法」ばかりで「会社の潰し方」の本が見つからずに困ったのは、一部の成功者の周りに大多数の失敗者がいることを見ようとしない社会のせいだと気が付いた。
僕が出来もしないことを夢見るより、実現するための夢を描こうと勧めるのもこのためだ。
さらに言えば、成功や失敗で一喜一憂するよりも、滅びて終わることのない継続を大切に思う。

話を本題に戻そう。
不労所得を非営利化して業務報酬にするのは、まずは「自分で自分を雇う」という発想だ。
そうすれば、老いたり病んだりして働けなくなった時、誰かを雇えばいいし、その人に扶養されても良い。
また、自分の財産を自分の所属する非営利法人に無償で貸したり(使用貸借)あげたり(寄付)することも、自分で判断すべき「自分と自分たち」の関係だ。
非営利化とは、不労所得を生み出す「財産」を、業務報酬を生み出す「事業」に変換することだ。
こうした提案をするたびに、そんな大事なことはなかなか決められないし、試してみるのも恐ろしいと言われてきた。
そんなあなたに尋ねたいのは「僕はあなたの自分たちに含まれますか?」ということだ。
少なくとも僕は、勝手ながらあなたを「僕たち」と思っていることを分かって欲しい。