
Tさんには、息子(兄)と娘(妹)が一人ずついて、これまで息子家族と同居してきた。
主な資産である、自宅と隣接する小さなアパートは、同居する息子に相続したいと考えていた。
これからも息子家族が母(Tさん)の面倒を見るのだから、娘は母の意向に異論はないが、遺留分については配分して欲しいと思っている。
この場合、相続人は二人なので、娘の遺留分は50%の半分の25%となる。
Tさんは「自分の意志は伝えたので、あとは仲良く相談して欲しい」という。
息子としては母の意向を大切に思うが、妹の希望も否定できない。
僕は、この話を聞いて、相続の重要な問題に気が付いた。
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本来、相続とは「自然人の財産などの様々な権利・義務を他の自然人が包括的に承継すること」であり、相続人の選り好みや部分継承は許されない。
被相続人は遺言によって自由に相続の方法を指定することができるので、相続は遺言に従って行えばよいのだが、相続人が遺言に不服を唱えたり、そもそも遺言が無かった場合に適用されるのが、相続という制度だ。
Tさんの願いが、息子の「自宅に住み続けたい」という希望を叶えることならば、娘はそれに反対する気はない。
だがそれは、娘に何も残したくないという意味ではないはずだと、娘が主張するのも当然だ。
そこで息子は、相続財産の25%に相当する金額を計算し、妹に現金を渡した上で相続税の25%を負担してもらおうと考えた。
普通ならここから先の話が相続対策の本題に思えるが、僕はすでに大きな疑問を感じている。
それは、相続財産の分割そのものだ。
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先ほど述べたように、相続とは「財産などの権利・義務を包括的に承継すること」であり、財産は相続の一部分にすぎない。
もちろん財産の中身も「債権債務=貸し借り」のことであり、たとえ財産がプラスでもそれに伴う義務があったり、財産がマイナスでも権利が伴っていたりする。
こうした権利・義務とは、まさに被相続人の人間関係全てであり、その全体を評価どころか把握することさえ難しい。
相続が「包括的な継承」なのは、そのためだ。
よくわからないものは、とにかく全部引き継ぐしかない・・・という意味だと僕は思う。
したがって、「遺産分割」は「遺言による分割」と完全に分けて考える必要がある。
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「遺言による分割」とは、被相続人が自らの意志で権利・義務を分割することだ。
この場合、分割は遺言により死後行ってもよいが、生前からその準備ができるはず。
もしも本気で分割したいなら、できるだけ生前に実施して、その結果を見届けるべきだろう。
かつて家督継承がもっぱら生前に行われたのは、継承の実施だけでなく、継承後も継承者の育成と擁護をするためだった。
このように、生前に死後を実現することが「隠居」というわけだ。
現代社会の抱える高齢化の問題は、この隠居が行われない状態かもしれない。
社会の担い手を若齢化することは、高齢者が社会(若者)の負担になるのでなく、社会(若者)を支える仕組みを作ることだと僕は思う。
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「遺産分割」とは、被相続人から引き継いだすべての権利・義務を、複数の相続人が分担することだ。
民法900条に定める「遺言による相続分の指定がない場合の法定相続分」とは、まさに「全貌が分からないすべて」を公平に負担する仕組みを定めている。
もしもこの制度に従うなら、二人の兄妹はすべての資産を50%ずつに分割すればいい。
そこで問題は、その分割方法だ。
現金の分割は簡単だし、持ち帰れる物品は並べて分配すればいい。
その他、Tさんに関するすべての事柄は、相談しながら対処すればいい。
だが問題は、分割も持ち帰ることもできない土地や建物などの不動産だ。
Tさんから相続するアパート付きの自宅をどうやって分けるのか、回り道をしたがここからが本題だ。
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まずここで、「遺言」の効力について述べておきたい。
もしもTさんが土地の分割を望まず、たとえ分割払いであろうとも息子が娘に遺留分相当額を支払うことを遺言し、生前からその支払いを始めるなどしたとしても、Tさんの死後は遺言の拘束力は存在しないと僕は思う。
息子と娘は協力して母Tさんの願いを叶えたとしても、Tさんの死後様々な状況の変化によりアパート付き自宅が維持できなくなれば、それを売却するのは致し方ないことだ。
問題は、その時の売却益をどのように配分するか。
もちろん必要な経費を差し引いた残りの売却益だが、50%ずつ配分すればいいだろう。
民法が定める法定相続分とはこういう意味だと思う。
つまり、すべてを引き継いだのち、余ったものは公平に分けようと考えたい。
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このような遺産分割を実現できるのは、共有名義で持ち分比に応じた共有登記する「共同所有」だ。
共同相続人の代表者名義で法定相続分通りに相続登記をする共同相続登記という方法もあるが、ここでは共同所有者ごとに持ち分比を表示する方法を指す。
不動産は、所有権を行使する意思のある人たちが共同で所有し、所有比率に応じて収益の配分を受ける資産と考えればいい。
これは、預金や投資が生み出す配当を得る資産であることと同じことで、固定資産税(1.3%)と都市計画税(0.4%)という賃料を日本国に支払う賃貸資産と考えればわかりやすい。
土地の分割は、永続的な土地利用を妨げるから悪いのであって、所有者が困窮した時は、むしろ永続するための一括売却を目指すべきだ。
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結局僕は、土地の分割、細分化一辺倒の土地開発手法に異議を唱えている自分に気が付いた。
土地はなるべくまとめて所有し、ある程度の広さを持つ小さな国(ランド)を目指したい。
ディズニーランドやラ・ラ・ランドなど、ランドは夢の実現を意味している。
そして共同所有の促進により、個人による土地財産の寡占でなく、すべての国民が国土を所有する国を作りたい。
それは、Tさんの所有するアパート付きの自宅のような小さな国を分割せず、所有権だけを細切れにして共同所有者という国民を増やすことだ。
共同所有は、相続のたびに所有権者を増やし続け、今の所有者不明土地問題を引き起こした原因だという人もいる。
だがそれは、土地所有者という国民を放置して、国づくりを怠ってきた証ではないだろうか。
僕はすべての国民が国土を所有する、そんな国づくりに挑みたい。
(気づきをくれたTさんと、長文にお付き合いくださった皆さんに感謝)