帰還と生活

昨日、通販で購入した超小型モバイルプロジェクターが手元に届いた。

重量わずか348g、最大300インチ投影可能、高輝度4,000ルーメン、充電式で90分間上映可能、そしてスマホなどのモバイル機器と無線接続することで、あらゆるコンテンツに対応できる。

なぜ今どき、そんなものを購入したのかというと、名栗の森で使うため。

埼玉県飯能市名栗湖畔の山林で活動する「名栗の森オーナーシップクラブ」では、一昨年「森の中で映画を見たい」という意見が出て、機材の選定や電源の確保など様々議論で盛り上がった。

結局そのシーズンは、森での上映はあきらめて、メンバーが経営するブルータープ(BBQ & Camping Kitchen)の屋外テラスで映画会を楽しんだ。

でも僕は、森での映画会を諦めきれず、ついにこのプロジェクターを買ってしまった。

そもそも森の映画界が盛り上がったのは、森を面白くしたかったから。

名栗の森は、人気の登山コースの入り口に位置するので、山の中では一番行きやすい場所なのに、電気や水道はもちろんのこと、道路が無いので自動車で乗り入れることもできない。

谷底にある沢の周囲と、頂上に当たる尾根道以外はどこも急斜面で、歩くだけで大変だ。

もちろんトイレも休憩所も無いので、食事や宿泊も容易でない。

だが、考えてみれば、日本の「山」とはそういうところ。
むしろ、こうした状況が普通と考えなければならないだろう。

だとすれば、登山道の入り口にあたる便利な場所で何もできないようでは、そこより奥は絶望だ。

だから僕たちは、ここで楽しんだり快適に暮らすことに、挑みたいと思っている。

そこで「映画会」という能天気な提案に、僕は飛びついた。

本当は、山で映画を見ることに必然性などないし、むしろ不都合なことだらけだが、あえてそれを考えることが実に面白い。

例えば、電源を確保するには発電、送電、蓄電などの方法があるが、車が使えないのでどれも搬入が大変だ。

森の入り口に車を置いて、バッテリーから電気を取ると、300mのケーブルが必要になってしまう。

小型発電機を持ち込んでも結局ガソリンが必要で、消費電力と使用時間から必要量を計算しなければならない。

プロジェクターとビデオレコーダーそして音響システムなど使用機器を選び、その効率を考えなければならない。

結局一番効率が良いのはバッテリーを持ち込むことだが、直流電源に対応できるよう使用機器の調整が必要となる。

そこで思いついたのが、近年目覚ましい進化を遂げるモバイル機器だ。

映像+音響+再生装置・・・などという発想自体がもう古い。

スマホで映画を見れるのだから、それを拡大映写するモバイルプロジェクターがあればいい。

モバイル機器は、USBや無線を介して互換性を持つのが当たり前なので、みんなが機器を持ち寄って、助け合うこともできる。

そこで思い出されるのは、地域社会の実態だ。

地域の防災倉庫には、発電機や投光器が備蓄されていて、その使い方を確認するために防災訓練をやっている。

普段使わない防災機具を使いこなすのは至難の業である上に、もし本当に被災したら、ガソリンの備蓄が10時間分くらいしか無いことに気が付いた。

でも、災害はめったにやってこない上、すべての地域が被災するわけではないので、防災対策は一向に進んでいなかった。

その常識を覆し、世界中を長期にわたり被災地に変えているのが、今回の新型コロナウィルスだ。

名栗の森の活動は、4月から停止しているが、今年は「ブッシュクラフト」をテーマに開催していた。

ブッシュクラフトとは「自然の中の生活の知恵」という意味で、サバイバルが「帰還」を目的としているのに対し、継続する「生活」を目的としている。

ブッシュクラフトの基本は火おこし・焚火・調理など、暖を取り食事をするまさに「生きる基本」と言える。

僕はあくまでその延長として、森の中でモバイル機器を使う遊びにチャレンジし、遊びを通して「生きるすべを学びたい」と思っている。

今、芸術、娯楽、観光など、多くの遊びが奪われているが、それは生きるために不要なものに位置付けられている証拠。

一時的に暇をつぶしたり気を晴らす「帰還(サバイバル)」としての遊びでなく、継続する生活として不便や不足に対処する「生活の知恵(ブッシュクラフト)」としての遊びを、今こそ楽しみたいと思う。