いよいよ僕の国づくりチャレンジがスタートする。
現代社会では、市町村が基礎自治体として地方自治の担い手と思われているが、僕は行政の仕事を自治とは思っていない。
本来の自治は、僕たち一人一人が必要に応じて協力し合いながら自分たちのことを自力で処理することを指し、自治体はその作業を担当する役所にすぎない。
したがって、役所の仕事は公共の名のもとに均質化による合理化がすすめられ、今後はIT化による省力化が加速されるだろう。
さらには国家レベルの業務や国際的な業務になると、多国籍なグローバル企業への依存が高まる一方で、公共はすでに社会の担い手でなく、調整役にすぎないことは明白だ。
一方で、地域独自の地域サービスもまた、市民が担う民営化が進み、もはや地方自治の完全民営化は時間の問題に思える。
そこで僕が注目するのが「町会」の存在だ。
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すでに町会は地縁団体として正式に位置づけられ、基礎自治体の下部組織的役割を担わされてきた。
地方自治を担うべき民間組織としてみれば、ほぼ全国を網羅する地域密着型のコミュニティ群だ。
だが、多くの市民が役所頼みの依存症に陥るのと同様に、町会の苦労に対してもまるで他人事で無関心。
行政と異なり、ほぼすべての関係者がボランティアのため、加入者減少と担い手不足の拍車が止まらない。
僕が挑みたいのは、町会の潜在的価値というか、むしろ本来担うべき役割の魅力と価値に関する提言だ。
町会という民間組織が地方自治を担うことで、地域社会はもちろんのこと、日本全体に新たな活力をもたらすに違いない。
それは、簡単に言えば、町会という法人を国、そこに所属する会員を国民とみなした国づくりをすることだ。
ここで言う国とは、世界を構成する国家でなく、故郷を意味する国に近い。
したがって、その構成員(国民)には、住民だけでなく、そこを拠点に活動する人や、そこから旅立って将来戻ってくる人など関係するすべての人が含まれる。
だが一方で、たとえ町内に住んでいても地元に興味がなく、ご近所づきあいもしたくない人は、単なる滞在者となるわけだ。
つまり、地域社会はその構成員と滞在顧客で構成されると考えたい。
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そして、国民にとって最も大切なことは、その領土を所有することで、自らが支配者(主権者)となることだ。
そのためには、町会が法人化して会館や備品倉庫だけでなく、町内のあらゆる土地を所有できるようになるべきだ。
そうすれば、個人が所有する土地も町会に寄付できるようになり、相続による細分化や、不適切な売却も防ぐこともできる。
土地を寄付した会員は引き続き担当者として固定資産税相当の賃料を支払いながらその土地を運営することで報酬を得られるし、その業務を他の会員に承継すればいい。
我が国における土地所有とは、固定資産税相当の地代を負担する借地と変わらない。
それならば、寿命ある個人が国から直接借りるのでなく、町会という不死身の法人を介して借りれば、名義書き換えとしての相続から堂々と解放される。
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僕の提言は、決して法の抜け穴をくぐるのでなく、法の趣旨に正面から取り組むやり方だ。
そもそも認可地縁団体という制度は、時代の要請によって拡充されてきた経緯があり、民間法人でありながら高い公益性が認められ、寄付に伴う譲渡所得税も免除されている。
今回提案する地域では、計画道路の拡張に伴う道路用地の収容で生まれる半端な残地の受け皿として、すでに根回しを始めている。
面倒な処理を役所に押し付けず、民間で利活用しなければ、地域の健全な発展などあり得ない。
もちろん、すべての事業は営利(利益分配)を追求するのでなく、あくまで不労所得を排除することで非営利化し、会員(国民)の利益に還元する。
つまり、儲かる会社でなく持続する社会を目指すことを「国づくり」は意味している。
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かつて国際法の主体としての国家の資格要件と、諸国家の平等、他国への干渉の禁止、武力による領土変更の禁止等について定めた「モンテビデオ条約」の第1条によれば、国家の資格として「①永久的住民、②明確な領域、③政府、④他国との関係を持つ能力」の4点を要件としている。
もちろんこれは、国際社会における「国家の定義」として広く知られているが、現に世界には人口が数万人以下の小国も多数存在しており、町会は小さいながらこのすべてを満たしていると僕は思う。
もちろん町会幹部の皆さんの賛同が得られなければ、スタートラインにすら立つことはできないかもしれない。
でもこの町には、現在他所に転出しているのに故郷の町会に積極参加して、高齢幹部たちの信認を得る40代の若者?が僕の話を聞いてみたいと誘ってくれるし、そもそもその人を僕に紹介してくれた理解者がいることが素晴らしい。
これからどうなるか全くわからないが、この出会いがこの文を書かせてくれたことに、今日は感謝したい。
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