趣味と実益

先日、趣味で写真を楽しみながら、薬剤師として薬局で働く友人から青色申告について相談を受ける中で、「せっかく青色申告するなら、写真ビジネスも申告しなさい」とアドバイスした。
これは、起業支援者としての僕の決まり文句で、「好きな趣味こそが本業」と言う僕の持論に基づいている。
好きな薬剤師として働く疲れやストレスを癒すために写真をやっているのか、それとも好きな写真をやるために薬剤師として稼いでいるのか、どちらなのかと尋ねると、現状どちらとも言えないが後者になることも否定できないと言う。
確かに「好き嫌い」は大事だが、良い悪いや、そもそもできるかどうかなど、様々な要素が絡んでくるので、簡単には決められないのも無理はない。
だが僕は、あえて「好き嫌い」を優先せよと言いたいので、今日はその話をしたいと思う。

かつて、ハーバード大学のサンデル教授が、「幸福・美徳・自由」が正義の三要素だと白熱教室で語っていたが、僕はこれを「好きなこと、善いこと、できること」の3つに言い換える。
例えば食事をするときに、好きなものを食べるのと、健康に良いものを食べるのと、安価で安全なものを食べるのと、価値基準は3つに大別できるが、これが「幸福・美徳・自由」に対応すると言われれば、とりあえずなるほどと理解できるだろう。
大好きな甘いお菓子を食べすぎて糖尿病を発症し、その治療のために費用がかさむ上に好きなお菓子も食べられなくなってしまった人ならば、幸福の追求が美徳を損ない自由まで失う結果を招き、不幸になったと言う訳だ。
だが、だから何だと言いたいのか。

その通り、本題はここからだ。
正義を実現するために一体どうすればいいのかを考えるために、サンデル氏は正義を3つに分解した。
幸福・美徳・自由の分類は、正義の対象に対応する。
幸福は自分に対して、美徳はみんなに対して、そして自由は現実に対して正しいかどうかを意味している。
甘いお菓子を食べて幸せなのは自分自身だし、それが体に悪いのはみんなの社会的認識だし、生きるためには我慢しなければならないのが生物学的現実だ。
したがって、これらを修正するためには、その対象が3つあり、自分を修正するか、みんなを修正するか、現実を修正するかの3つの方法が有る訳だ。
もちろん変えるまでもなくそれぞれが変化してしまうこともあるが、それも同様に分類できるだろう。
流行や美意識は時代とともに変化するし、法律や研究によって現実の制約や可能性も常に変化する。

だが、ここで立ち止まって考えて欲しい、一番大切なのはどれなのか。
つまり、あなたにとって、あなた自身と、周囲のみんなと、世界の現実のどれが一番大切か。
確かに、自分一人より周囲のみんなとか、自分一人より世界全体とか、自己犠牲の思いもあるだろうが、その自己犠牲を選択する自分自身こそが無くてはならない存在だ。
これは、自分さえよければ何をやってもいいと言っているのでなく、自分・みんな・世界が最もよくなる選択をする自分こそが一番大事という意味だ。
忘れてならないのは、自分が好きなみんな、自分が好きな世界を思い描いたとき、その中に一番好きな自分がいることだと僕は思う。

ある日突然糖尿病が発症した僕にとって、たとえ大好きなラーメンを食べられなくても、薬も通院も必要とせず、むしろ食事代を安価で済ませることが夢となった。
その結果、Excelを使ってコストと栄養を管理しながら、許容範囲内での暴飲暴食も楽しめるようになり、発症前よりむしろハッピーになったと言える。
これこそが、まさに実現であり、それは好きな自分を描くことから始まった。
つまり、僕が好きなのは、暴飲暴食で体を壊し病人になる自分より、頻度を減らしコントロールすることでいつまでも暴飲暴食を楽しむ自分だったのだ。
この気づきで変化を実現できたのは、それが自分のことだから。
これがみんなや現実の変化なら、その実現はいつまで経ってもおぼつかないだろう。
そして、最高に都合の良い自分を思い描くことには、何の制約もありゃしない。
それが「好きな趣味をビジネスにせよ」と言うことだ。

「趣味と実益」という言葉は、好きなこと(趣味)で楽しみやリフレッシュを得つつ、同時に金銭的収入やスキル向上(実益)も得る状態を指すようだが、果たしてそうだろうか。
金銭やスキルとはまさに美徳や自由のことであり、楽しみやリフレッシュこそが自分の幸福だ。
まさに、実益が伴う状態を思い描いて、趣味に没頭せよと言う意味で捉えるべきではないか。
それをそのまま事業計画や予算に落とし込み、その結果を青色申告すればいい。
売上が発生するまでは、経費ばかりの赤字となるが、それが本業から控除されて、無駄な税金をカットできる。
そうすることで、確定申告も楽しく好きになる。
自分の人生は、好きな人生にしなくちゃもったいない・・・よ。