売りと買い

自分のことは「なぜ(why)といかに(how)」、世界のことは「いつ(when)、どこ(where)、だれ(who)」でできていて、それらを考え、説明するために「なに(what)」という言葉がある・・・というのが、まつむら塾の発想だ。
通常の講義では、「時間(when)・空間(where)・人間(who)」を使って世界を見ながら、それらの「whyとhow」を通して自分を見つめることが主題となるのだが、先日の講義はこれらが見事に逆転したので、今日はその話に挑みたい。
全20回の実現学は、起業・交流・地域・創業の4編(5回ずつ)で構成されるが、第11回のその講義は地域編の第1回「地域と市場」という題名だった。
ここで言う「地域」とは、自分が関わる「世界の一部分」のこと。
他人事でなく、自分自身が当事者として身を置く世界のことを、「地域」として自覚することから、この議論はスタートする。
そんな地域編は「市場」という観点から始まるが、残りの4回は「資源、格差、情報、世界」と続いていく。

さて、「市場」を辞書で引くと「毎日または一定の日に商人が集まって商品を売買する所」とある。
もちろんこれは概念的な説明で、実際には「いちば、しじょう、マーケット・・・」など、様々な状況や意味を持つが、その基本となる概念が「売りと買い」であることは明白だ。
そこでまず、「市場」とは何か(what)を「売り&買い」と定義して、これを「人間・空間・時間」に展開した。
人間的市場を「売り手&買い手」、空間的市場を「売り物&買い物」、そして時間的市場を「売り時&買い時」・・・と言い換えた。
ちなみに、ここで言う空間とは「世界の空間的要素」を指し、内側から見れば空間だが、外から見れば物体のこと。
なので、土地や建物などの空間も含めて「物」と呼ぶことにした。
すでにお分かりの通り、市場を示す「売りと買い」に、人間を指す「手」、空間を指す「物」そして時間を指す「時」を加えただけで、世界を構成する3要素(人空時)が誰の眼にも浮かび上がってくることに、僕は胸を弾ませた。

まず、「売り手と買い手」は市場における人間関係を見事に表現しており、その方向性が「売り手市場と買い手市場」に意味を持たせる。
会社や店舗の主体者は、客に対して売り手となるが、従業員に対して買い手となる。
つまり自分自身が売り手となるのは、事業主体者になるか従業員として雇われるかのいずれかで、サラリーマン化が事業者の現象を招いていることを如実に示している。
一方、自分自身が買い手になるのは、顧客になるか雇用主になるかのいずれかなのだから、消費社会の進行が、雇用力の衰退を招くのもやむを得ない。
このように、市場に関する諸問題が人間的側面によるものなら、その解決策もまた人間的な側面で考えるべきだと思う。
世界を3つの側面に分けて考えるのは、区別すべき概念の絡み合いや混同を防ぎ解きほぐすためだ。

「売り物と買い物」、「売り時と買い時」についても、同様に考察する。
「売り物にならない」とか、「良い買い物をした」という言葉の意味を手掛かりに、「市場」の空間的側面を考察したり、「売り時」や「買い時」という言葉から連想される現実を見渡すことで、「市場」の時間的側面を考察する。
こうして、「市場」に関する3つの側面をおさらいすることで、自分の思考が絡み合い混同している現状に、初めて気付くことになる。
次にやることは、自分の頭の中にある「解きほぐすべき概念」をとりだして、それを「人間・空間・時間」の3つに分解する作業だ。
そこで登場するのが、自分自身の「whyとhow」という便利な道具。
これを「人間用・空間用・時間用」に分解すれば、世界を解きほぐす「自分専用の道具」にすることができる。

まずはこの話を、先日のオンライン受講者SHさんとTAさんに届けたい。
講義では、こんなに整然と説明できなかったが、今だから書けたのだと思う。
そして、これからまつむら塾を受講する人に。
また一段スッキリした僕自身松村節に、乞うご期待と伝えたい。
今日はここまで。
続きは、まつむら塾の「実現学教室」若しくは「無料ガイダンス」で。