大谷のビジーネス

大谷翔平のドジャース入団が、世界を駆ける大ニュースになっている。
その要因は、何と言っても7億ドルという金額だ。
1ドル145円で計算すると、なんと1,015億円という聞いたこともない金額だ。
日本人としてはもちろんのこと、アメリカでも、世界でも、個人の報酬として史上最高額を叩き出したらしい。
これは10年契約なので、年俸にすると約100億円となり、29歳から39歳までの10年間を100億円で売り続ける大谷は確かにすごいが、これを買い続けるドジャースも半端じゃない。
僕が抱える30億の借金は、誰もが呆れてくれることが自慢だったが、今度の大谷の金額を見て、僕は初めて30億が「はした金」に思えてしまった。

だが、テレビの解説を聞いていると、この契約にはもっとすごい仕掛けがあった。
なんと、総額の97%を後払いとし、契約期間内の年収は3%相当額の約3億となるらしい。
大谷の説明によれば、後払いの比率は選手側に一任されており、ドジャースの戦力を充実させるために自ら97%の後払いを申し出たという。
僕はこの話を聞いた瞬間に、大谷の狙いというか、目的がはっきり見えた。
彼は、自らの入団だけでなく、年俸の97%をドジャースに委ねることで、世界一を取りに来たのだ。
確かにスポーツ選手にとって、現役を終えた後も安定収入を得ることは大切なことだと思う。
だが、一般的には30や50%程度の後払いが通例のようなので、97%は破格と言える。
もちろん、年額100億円という高額だからこそできることかもしれないが、ドジャースと言えどもリスクも無くは無い。

さらに驚かされるのは、大谷がドジャースに突き付けた追加条項だ。
大谷の契約には、ウォルター・オーナーかフリードマン球団本部長が退団したら、契約期間中でもオプトアウト(契約破棄)できるという特殊な条件が盛り込まれている。
その理由について大谷は、「みんなが同じ方向を向いているというのが大事だと思っているので。ロサンゼルス・ドジャースに入団すると同時に、メインのこのおふた方と契約するという形ですし、そこがもし崩れるのであれば、この契約自体も崩れることになる。そういう契約かなと思う」と述べている。
ドジャースの本気度を担保するために、オーナーと球団本部長という契約当事者を人質に取った形に思える。
うまくいかなかった場合の罰則をいかに緩めるかという、契約駆け引きの常道の逆を行く、鬼のような条項だ。

もちろんこれは、僕の憶測にすぎず、決して真相は分からないが、こうして見れば1,000億円は大谷の値段ではなく、大谷がドジャースに突き付けた本気度の金額に思えてくる。
僕はこの顛末を眺めながら、かつてディズニーにピクサーを売却したスティーブジョブスのことを思い出した。
2006年1月25日DisneyはPixar Animation Studiosを74億ドル相当の株式交換で買収すると発表した。
これにより、Apple ComputerのCEO(最高経営責任者)Steve JobsはDisneyの取締役に就任した。
当時トイストーリーの大などで、ディズニーの支配から脱却しつつあったピクサーが、突然ディズニーに身売りしたとマスコミははやし立てたのだが、その実態はまるで逆。
ピクサー株の50.6%を保有するスティーブジョブスは、同日ディズニーの個人筆頭株主となり、末席ながら最強の取締役となることでディズニーを支配した。

2006年1月25日の朝刊は、「ホリエモン逮捕!」がトップを飾り、ピクサーの記事はほんの小さな扱いだった。
ライブドアの時価総額がピーク時で8,000億円だったが、当時の為替(1ドル118円)で換算すれば68億ドルとなり、これはピクサーの売却額に及ばない。
つまり、ホリエモンが粉飾決算と株式分割で株主たちをそそのかした総額より、スティーブジョブスが手に入れたディズニー株の方がはるかに上を行く。
日本では、こんなインチキの方が本物のニュースよりはるかに大事件であること自体、恥ずかしく情けなく思ったものだ。
だからこそ、今回の「大谷の契約」は僕にとって、あの屈辱を吹き飛ばす快挙となった。

僕はあえて、この快挙を「ビジーネス」と呼びたい。
ビジーネスとはもちろんビジネスのことだが、いわゆる商売や取引でなく、「目的実現のためにジタバタすること(busyness)」を意味している。
大谷にとって、優勝とか快挙こそが目的であって、金銭はそのために必要な資源(方法)に過ぎない。
多額の寄付をしたから気前がいいとか、10年契約をしたから義理堅いとかでなく、何のためにそうしたのか、そしてその目的は実現したのか・・・に、今後とも注目していきたい。