気づきと発見

僕は、自分の気付きを説明するのが大好きだ。
なぜなら僕にとって、何かに気付く瞬間こそが、生きることの醍醐味だから。
それは、今まで分からなかったことが分かる瞬間で、暗かったのが明るくなったり、ぼやけていたことがくっきりする、まさに「面白い」と感じる瞬間だ。
だが、ちょっと油断しただけで、その気づきは瞬時に消え失せてしまう。
すかさず捕まえて逃がさないように、つまり忘れないようにするためには、それを言葉や形に変えて書いたり話したりしなければならない。
だから、自分の気付きを説明するのは、その気づきを逃がさず捕まえるため。
さらに言えば、それを自分が理解することこそが肝心であり、相手に理解してもらうのは二の次だ。

だが、自分の気付きを捕まえて自分なりに理解できると、それを誰かに説明し、理解してもらえるかどうか無性に試してみたくなる。
この時僕が知りたいのは、相手にとってもそれが新たな気付きか否かということで、それ自体が更なる僕の気付きとなる。
そしてもしも、これが多くの人にとっても新たな気づきだとすれば、それは単なる気付きを越えて、新たな発見に変化する。
こうなるともはや、僕は黙っていられない。
気づきは自分一人のモノだが、発見は自分の外に見出した新たな事象のことであり、僕一人が独占すべきものではない。
多くの人がその存在に気付いていないのなら、僕はそれを伝えたい。
・・・と、そんな思いがまつむら塾を生み出したのは間違いない。
ならば、まつむら塾が提示する発見とは、一体何のことだろう。

現状、まつむら塾のコンテンツは、大別すると次の5つだ。
1. 実現学:疑問詞を使って自分の願い(答)を具体的に描く学問
2. 地主学:みんなが地主(民主)になって小さな国をつくる学問
3. 破綻学:倒産経験から学んだ、破たん処理の実態に関する学問
4. 学問学:学校の教科を使いこなして、自分の進路を決める学問
5. 言葉学:言葉は世界でできている、言葉を世界で説明する学問
とりあえず、全て24字で表現できたので気持ちいい。
これらがどんな発見を取り扱っているのかおさらいしたい。

まず、メインコンテンツの2つから紹介しよう。
1.実現学は、かつてIID世田谷ものづくり学校の校長時代、起業マインドサイトの名称で人気を博した全20回のセミナー講座だ。
この講座が提示する僕の発見は、「人間はあらかじめ知っている答えしか見つけることができない」という真実。
ここで言う答えとは、自分の知っていることを説明する「方法や言葉」のことなので、それらを「疑問詞」を使って大胆に見える化し発表することで気づきを促す。
2.地主学は、Tさんから依頼された笑恵館の永続化に取り組むうちに、同様の願いを持つ人々に向け執筆した「地主の学校」を教科書とする連続講座。
この講座が提示する僕の発見は、「みんなが主となることこそが、本当の民主主義」という真実。
土地を小さな国と見立て、その所有権を仲間が共有(総有=法人化)することで、国や社会に依存ばかりせず自立を目指し、多様な社会(小国家群)の実現を目指したい。

この2つが提示しているのは、「夢の描き方」と「夢の叶え方」の新たな選択肢=発見だ。
2つの発想に触れることで、参加したり真似たりするのはもちろんのこと、触発され刺激されて別の気付きをもたらすことも大歓迎だ。
そして、残りの3つはまだ粗削りなので、「チャレンジ演習」として提供するが、そこに提示されている発見は「世界共通」というキーワードで説明できる。
まず破綻学は、倒産経験から学んだ「破綻は自己申告」、「債権者の優先順位」、「破綻後に為すべきこと」が、社会でタブー視されていること。
学問学は、国語・算数・理科・社会などの基本教科は世界共通であり、進路を構築するための道具であること。
そして言葉学は、言葉は単体でなく相互の関係や世界と関連付けることで初めて国境を越えた理解が可能となる。

どんなに内向的で排他的な人でも地域でも国でも、地球上に存在する限り世界に所属している。
限定的なローカルルールで暮らすことは自由だが、それはあくまでローカルであり、世界共通と勘違いしないで欲しい。
僕がど素人で独学のくせに、偉そうに複式簿記入門講座をやるのも、これが世界の常識だから。
世界中の人が知っていることを、知らないで大丈夫なはずがない・・・ただそれだけだ。
まつむら塾の内容は、僕が発見した「日本人の知らない世界の常識」かもしれない。
入院したおかげで時間だけはたっぶり有るので、今日はかなり暴走できた。
今日もまた、僕だけの気付きと発見にせず、より多くの人に伝えて叱られたいし、問われたい。