信じると疑う

ChatGPTのGPTはGenerative Pre-trained Transformerの略で、「生成可能な事前学習済み変換器」という意味だ。
もちろんここで学習するのは人間でなくAI(人工知能)のこと。
Chat(チャット)は雑談を意味する言葉なので、「AIによる雑談」を意味している。
AIが生成するのは雑談にとどまらず、画像、映像、音声などあらゆる電子データに波及する。
つまり、加工可能な電子データであれば、AIによるあらゆるでっち上げが可能になるということだ。
すでにインターネット上では、米国防総省が攻撃され、プーチンと金正恩が共演する。
もはや現実と区別がつかないフェイク情報は、「ディープフェイク」と呼ばれている。
フェイクとは、にせもの・模造品・まやかしのことなので、この問題は「情報が信じられない」ということになる。
僕はこのことがなぜ問題なのか、考えて見たくなった。

そもそも、情報とは常に疑うべき対象であり、全ての情報をそのまま信じる人などいないと思う。
なので、情報が増えるにつれ、疑わしい情報が増えること自体、仕方のないことだと僕は思う。
今「ディープフェイク」が問題化しているのは、それが本物か偽物か区別がつかないことだ。
言い換えれば「本物とは何か?」という課題がAIによって突き付けられたと言っていい。
つまり、偽情報が増えたことでなく、真偽の区別がつかなくなったことが問題だ。
だが待てよ、正しい情報って何だろう。
そんな情報は、一体どこに有るというのだろうか。
この問題を取り上げるテレビ番組の中で、司会者は「裏どり」という言葉を連呼した。
新聞など紙媒体は活字に残る報道なので、必ず情報の真偽を確認するし、テレビも公共の電波を使用するので、真偽の確認=裏どりは徹底するというが、これでは答えになっていない。
裏とは、あくまで表に対する別情報であり、2つ以上の情報源を持つにすぎずそれが本物である根拠にはなり得ない。

AIが生成する情報に「気象情報」があるが、その真偽についてあなたはどう思う?。
過去の分析から予測する未来の情報なので、その真偽が論じられることはあまりない。
地震などの自然現象や、株価などの金融動向については、様々なフェイクニュースが飛び交う一方、むしろ本物の情報など存在しない。
それなのに、時には我が耳を疑うようなとんでもないニュースが飛び込んできて、その理解には時間がかかる。
つまり、「未来」に関する真偽は判断できず、「過去」の事実は変更できず、僕たちは「現在」という瞬間を生きるしかない。
だが、理論上「現在」とは「過去」と「未来」の境界を意味しており時間にすると0秒になってしまう。
0秒をいくら生きても、0秒のままならば、僕たちの人生は0秒になってしまうじゃないか。

人間の感覚と脳での認知には一定のタイムラグがあり、「私たちが『現在』と感じていることは、実際には0.5秒前に発生したものである」という説を聞いたことがある。
さらにその認識は直前のおよそ15秒間の間に知覚された情報が影響を与えあったものであるという。
これはカルフォルニア大学のジェイソン・フィッシャー氏が実験したもので、「視覚における連続依存性(Serial dependence in visual perception)」という論文で発表されている。
もしも「現在」が15秒なら、1分は4回、1時間は240回、1日に7時間寝て17時間起きていれば、それは「現在」を4,080回生きたことになる。
ぼくは、この理屈が大好きだ。
0秒の人生なんてあんまりだと思う。

ついでにもう一つ面白い話があり、それは「フライング」の話だ。
陸上競技におけるフライング(不正スタート)とは、スタート合図から0.1秒以内に体が動いてしまう事。
フライング発見の為に、スタートの合図から0.1秒以内にスターティングブロックに力が加わるとセンサーが反応するピストルと連動した不正スタート発見装置が使用されてる。
圧力センサーが反応すれば「音を聞く前にスタートした」と判断され、失格になる。
なぜフライングの反応速度基準は「0.1秒」なのか。
それは、人間が音を聞いて体を動かすまで最低でも0.1秒はかかるという医学的根拠による。
つまり、人間の体には0.1秒以下の時間は存在せず、ここにも「現在」という時間が使われている。

話を本題の「情報の真偽」に戻そう。
ぼくは「現在」の長さを考えるうちに「情報=情けに報いる」という解釈を思い出した。
この「やり取り」と言うか、「応酬」が瞬時に為され、それが「現在」を形成する。
情報に接したとき僕らは瞬時に何かを感じるが、それこそが「真実」だと僕は思う。
自分が感じた「真実」が、自分に好都合なら利用したいと思うだろうし、不都合であれば否定したいと思うだろう。
これは同時に、情報を発する側も同様で、相手に好都合な情報を使って自分に好都合な状況を作ろうとするはずだ。
嘘と本当の違いとは、このことを「騙し合い」と言うか「相互作用」と言うかの違いに過ぎないように思う。
信じることと疑うことは、嘘と本当をそのままか裏返すかで使いこなすテクニックなのかもしれないね。