問いと答え=言葉と実行

最近、立て続けに処理の相談が3件続いて舞い込んだ。
ご存知の通り、今の僕の原点は24年前の経験なので、以前は頻繁に相談を受けた。
僕の方も、自分の辛い経験が他人の役に立つことは、何とも素晴らしく喜ばしいことなので、いつも大歓迎。
そんな困りごとをにっこり笑って聞いてくれること自体、相談者にしてみれば有り難いことだと思う(手前味噌)。
だがその後、破たんからの再生に取り組むうちに僕の得意分野は「支援」に移り、オーナーのTさんと出会ってからは、「支援」という分野に取り組むようになってきた。
なので、久しぶりに破たんの話をすることで、自分の倒産経験を振り返る機会を得た。

者の父から代表取締役を引き継いで3年が経過したとき、蜜月関係にあったメインバンクの破たんによって信用不安の渦中に叩き落されたので、各方面からご心配やらお見舞いの言葉が寄せられた。
でもはっきり言って、それは「一人歩きや暗がりには注意しろ」的な脅しに近いものばかりで、僕は本当に怖くなった。
むしろ、なるべく人目のある場所で、一人にならないためにはどうすればいいのかを真剣に考えた。
即座に、全面謝罪と情報開示を決めたのは、当然の判断だったと今でも思う。
余談だが、僕が倒産危機を社内外に発表した時、即座に社員有志が僕の運転手を買って出てくれた。
ビックリした僕は「なんか急に偉くなった気がするけど」と笑って訊ねると、「いま逃げられると困りますから」と真顔で答えた。

先述の相談者のひとりは、「社長と連絡がつかないんです」と困惑するが、多くの社長が破たんから逃げ出すのを僕は知っている。
僕を訪ねてきた債権者や発注者たちは「逃げない社長は珍しい」と口をそろえるし、興信所にいたっては「ご本人に訊くのが一番確か」とすっかり懇意になってしまった。
繰り返しになるが、これは勇気の賜物でなく、恐ろしくて逃げられなかっただけのこと。
逃げて殺されるより、叱られようと恥をかこうと生き残りたい一心だった。
会社が潰れるとどうなるのか、倒産経験の無い父はうろたえるだけだし、会社の潰し方を教える本も無い。
でも、全てを開示し、誰とでも面会し、ひたすら現状を説明するうちに、すごいことが起きた。
取引先が、下請けが、そして社員までもが、僕に道案内を始めてくれた。

僕は馬鹿正直を自負しているが、それは嘘をつかないことはもちろんのこと、嘘が下手という意味でもある。
僕が嘘をつかないのは、誰にでもすべてを語るので、嘘をつけないだけのこと。
誰にどんな嘘をついたのか覚えきれず、たとえ言ったことが嘘になったとしてもすぐにばれてしまうので、それを訂正しているうちに嘘が減っていく。
これが、徹底した情報開示の産物と言えば聞こえがいいが、足がすくんで逃げることもできない敵に対し、怖くて嘘などつけなかっただけのこと。
だが、正直に嘘をつかないことで自分の負い目や弱みが消えていく。
あれから24年がたった今、僕は嘘の鎧を脱ぎ捨てて素っ裸になったけど、嘘に対する防御も必要ないので、身軽で強い。

調子に乗って、馬鹿正直を自慢するうちに、嘘が不要なもう一つの理由を思い出した。
それは、困りごとを誰かに相談するときに、嘘は不要どころか邪魔になる。
嘘が含まれた偽りの問いを投げかけても、正しい答えが返ってくるはずがない。
「会社の倒産」に際し、僕が選んだ答えは「仕事の継続」だったが、現在の僕が「永続支援」に取り組んでいるという事実こそがそこに嘘が無かったことを物語る。
もしかすると、僕の言葉すべてが「問いかけ」なのかも知れない。
嘘を排除した現実、概念、感情など、あくまでその事実を望むのか、目指すのか、選ぶのかを僕は問いかける。
その答えは決めること、その実行を決めるだけだ。
破たんは乗り越えるためにある。
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