表札はでかく!

笑恵館(しょうけいかん)に転居して、もうじきひと月が経とうとしている。
そもそも引っ越し自体が結構な大仕事なのに加え、コロナ発症というおまけがついて、翻弄される日々が続いてしまった。
でも、ようやく自宅療養期間が満了し、本格的に活動再開を意識すると、今回引っ越しの目的が何だったのかを見失っている自分に気が付いた。
普通の引っ越しであれば、引っ越しの必要というか理由があって、その帰結としての答えを探し、実行するものだと思う。
だが、今回の引っ越しは「これまでの居場所や住所などの使用をやめること」が目的であり、行先や手順など今後のことは白紙状態からのスタートだった。
そこで僕は、「一刻も早く引っ越すにはどうすればいいか?」という思いに憑りつかれた。
おかしなテーマかも知れないが、その新鮮味に僕は強く惹かれた。

まず初めに決めたのは、引っ越し先をどこにするか。
すぐに思いついたのが、空室がなかなか埋まらずに困っていた笑恵館だった。
第一に、同じ家賃を払うなら、他者にでなく自分の事業に払いたい。
さらに言えば、僕はすでに自分が運営する法人2社の所在地をここにして、登記もしている。
現住所での住所使用をやめるなら、あえて別の拠点を増やすのでなく、笑恵館に集約するのは名案だ。
これは法人所在地だけでなく、自身の住民登録も同じこと。
笑恵館の住所で法人登記を希望する理由を聞くと、自宅の住所を開示したくないことと、自宅に不在がちなことを挙げる人が多い。
考えてみれば、夜寝るためだけに帰る家は最も無防備な場所であり、その住所を公開するのは危険に決まってる。
そもそも住所とは、開示すべき自分の拠点の所在地であり、その拠点で寝るかどうか関係ない。

次に、転居先には何を持ち込むか、引っ越しの範囲を考えた。
まず第一に、自分の私物・所有物はすべてということになるが、衣類、寝具、資料や機材など、自分の部屋にあるモノすべてが該当する。
次に、自分の部屋以外に食材や食器など、食事に関する持ち分があることに気が付いた。
なるほど、「衣食住」の内「住」が変化するのが引っ越しなので、それに伴い「衣と食」が移動することになる。
だが僕は「食」の移動はやめ、転居先には持ち込まないことにした。
食器や食材を持ち込まず、そもそも自炊もしなければ、食器棚や冷蔵庫はもちろんのこと、台所も不要となる。
振り返ると僕は、これまで一度も一人暮らしをしたことが無く、これからもしたいと思わない。
だから僕は、あえて「一人暮らししない宣言」をして、食事は必ず誰かの世話になることにした。

こうして僕は、思い立った2日後の11月2日には2トントラックを6時間レンタルして、一気に引っ越しを実行した。
引っ越し用の段ボール箱など、梱包材を一切使わなかったので、紐で縛った書類はうまく積めず、カミさんが車で運んでくれたので助かった。
笑恵館に着いてからは、息子のSと駆けつけてくれたHさんがほとんど運んでくれて、疲れ果てた僕は命拾いした。
そして週が明けると早速世田谷区に転入手続きをして、なんと36年ぶりに東京都民になった。
マイナンバーカードや免許証・原付バイクをはじめ、住所変更に伴う様々な手続きをこなすうちに、人間は名前だけでなく、住所氏名で初めて特定できる存在なのだと痛感した。

住所とは名前と同様に人間を特定するための印(しるし)であり、秘密では済まされない。
僕は新たな住所である「世田谷区砧6-27-19笑恵館202」を、新たな名前の一部と思って使うことにした。
株式会社なのには12月決算なので、1月から登記を移転するが、その他の住所はすべて笑恵館に移転した。
とはいえ僕は、いつも笑恵館にいるわけじゃない。
むしろここから、ジャンジャン出かけようと思う。
先ほど話したとおり、「拠点」とは居場所≒寝場所ではなく、基点≒中心点のイメージだ。
当面の間は、ここで寝て、ここで作業するが、今後はここから各所に出かけ、またここに立ち戻る。
だから僕は、ドアにでっかい表札を張り付けた。
「松村はここにいます!」と、僕は世界に知らせたい。