非と不

的な土地利用の基本として、放置しない、閉鎖しない、営利しないの3つを挙げた。

そして、これらを説明するために、項目名にしようとしたら、そこで筆が止まってしまった。

「営利しないこと」は簡単に「非営利」と言い換えることができたので、この場合「非・・」という言い方が適しているのかと思いきや、「放置しない」と「閉鎖しない」を「非放置」や「非閉鎖」と言い換えるのは、どうもしっくりこない気がする。

例えば、「非放置」という言葉を検索すると、非放置駐車違反という言葉が見つかるのだが、これは道交法に「駐車違反」と「放置駐車違反」という2種類の違反行為があり、前者の違反を示すときに使われる用例だ。

そう言われてみれば、営利と非営利についても同様で、「営利に非ず(あらず)」つまり「営利以外」を非営利と表現している。

またしても疑問の虫が湧いてきた。
そもそも僕は、肯定と否定について、きちんと理解しているのだろうか。

さっそくwikiで、「否定」を検索すると、日本語の名詞「否定(ひてい)」には、次の4つの機能があるようだ。

1.(ある事柄について)認めずに、そうではないと打ち消すこと。

2.(ある物事を)退けること。

3.(論理学)(ある命題を)偽とすること。

4.(数学・数理論理学)命題の真と偽を反転する論理演算。

これらに対し、僕が今「否定」に求める役割は、2に近い。

つまり、土地利用が停滞する要因を排除することで、土地利用を促進したいと考える僕にとって、「否定」は明らかに「排除」を意味している。

そうなると、否定に使われる様々な言葉から「排除」にふさわしい言葉を探す必要がある。

僕が持つ排除のイメージとは、マハトマガンディーの非暴力と不服従だ。

まずインドの独立を実現するために、独立を不服従と言い換えて、不服従に必ず伴う弾圧に対し、非暴力で対処した。

つまり、独立という目的と、その実現法を2つの否定(排除)で言い換えている。

僕にとっての目的は、自由な土地利用なので、それを「閉鎖と放置」を排除した状態だと表現する。

だがその実現には、「閉鎖と放置」をもたらした「不労所得」を排除する必要があると考えた。

土地利用を妨げる要因は、土地の閉鎖と放置だが、この要因を生み出す原因を不労所得と位置付けている。

ガンディーの言葉になぞらえるなら、「非営利」と「不放置・不閉鎖」とでも言うべきか。

そこで早速、辞書で接頭詞の【非】を調べて見ると、

名詞または形容動詞に付いて、それに該当しない、それ以外である意を添える。

「非参議」「非社会性」「非現実的」など。

次に、接頭詞の【不】を調べて見ると、

名詞または形容動詞の語幹に付いて、それを打ち消し、否定する意を表す。

1 …でない、…しない、などの意を添える。「不必要」「不一致」「不確か」「不行き届き」

2 …がない、…がわるい、…がよくない、などの意を添える。「不人情」「不景気」「不出来」「不手際」

つまり、「非」はまさに数学的反転を意味するのに対し、「不」には良くないものを排除する意思が含まれる。

なるほど、つまりこういうことか。

「放置と閉鎖」は、自由な土地利用の実現という「目的」に対する阻害要因だが、「営利」は「目的」でなく「放置と閉鎖」の助長要因だったのだ。

今日はこの文を書きながら、こんなことを考えた。

その結果、僕は2つの課題を見出した。

一つは、「不放置と不閉鎖」という言葉を、今後どのように活用するか。

そしてもう一つは、「放置と閉鎖」の因果関係は、双方の排除にどう影響するのか。

答えに気付くとは、新たな疑問に気付くことなのかもしれない。

終わりは無いな。