人間とお金

先日友人からこんな相談を受けた。

これから非営利法人を作ろうと思うのだが、社団法人と財団法人の違いがよくわからないと。

友人は、自分の経営する会社の相続について、銀行や友人から意見されるようになってきたという。

そんな時、以前僕がの話をし、自分が作った社団法人に土地や建物を寄付することによって、相続による分割や税金を心配せずに、事業の化を目指していると聞いたのを思い出したそうだ。

これに対し、僕の答えは決まっていて、「社団法人を作りなさい」と言いたい。

だが、「どちらがいいのか」というのでなく、「どう違うのか」という問いなので、「社団法人が良い」は答えになっていない。

でも、「社団とは何か」を理解するために、社団でないもの=財団について知ることは無駄ではない。

そこで僕は、この相談に快く応じると返事をした。

質問は、社団と財団それぞれの法人についてだが、そもそもこれらは法人でなくとも成立する。

そこでまず、社団と財団の違いの前に、自然人と法人の違いについてザックリ説明することにした。

法人とは、自然人以外で、法律によって「人」とされているもので、ここでいう「人」とは、権利義務の主体となることができる資格(権利能力)を認められたものをいう。(wikiより)

人に認められた権利能力は極めて多岐にわたるのだが、特に重要なのが「登記」する権利と言える。

日本では、登記するためには本人確認が必要になるため、そもそも本人確認の登記が必要で、自然人であれば「戸籍」に当たる効力を、法人になることで登記できる。

そして、この登記が必要とされる権利として「土地」があげられるが、土地は永久に消滅しないので、個人の所有にとどまらず必ず移転することになる。

さて、社団とは特定の目的を持って結合された人間の集合体で、財団とは特定の目的を持って結合された財産の集合体のこと。

法人化しなくとも成立する概念ではあるが、ここではこれらが法人化した場合の話をしよう。

まず、社団が法人化するということは、複数の人間が一人の人間として権利能力を持つことになる。

つまり、個人との違いは病気やケガだけでなく死ぬこともない、後継者がいる限り不死身の人間となることだ。

その結果、構成員の間では、相続はもちろんのこと、贈与などの財産の移転は同一人物の内部取引となって無意味となる。

また、病気や脂肪など個人に与えられる免責事項は認められず、社会的責任能力が高い存在となる。

一方財団が法人化するということは、財産が人格を持つことを意味している。

つまり、個人との違いは社団と同様に死ぬことのない、財産がある限り不死身の人間になることだ。

その結果、設立時に財産を提供した人の思いや願いがその法人=財産の目的となり、法人の構成員は、その運用を行う理事と、それを監視する評議員で構成される。

また、目的が守られ続けるという信頼性に基づく反面、法人の活動は目的に拘束され続ける。

こうして、法人化する際の社団と財団の違いを見てくると、おのずと明白な分岐点に気づくと思う。

それは、「人間とお金」のどちらを選ぶかという選択肢だ。

現在の法制度における財団法人の条件は、「300万円以上の財産の拠出」があるのだが、つまり300万円さえあれば財団法人が作れてしまうということを意味している。

一方で、たとえ100億円の資産があろうとも、社団法人に寄付すればいいだけなので、社団と財団の選択肢にはほぼ制約が無いと言えるだろう。

そこで、「社団or財団」の選択肢は「人間orお金」の分岐点と言って良い。

先日友人に対するアドバイスは、この辺りまで話したのだが、ここでは最後に、人とお金の違いについて考察したいと思う。

「お金」とは、一言で言えば他人に何かを依頼するサービス券のようなもの。

世界でお金を要求するのは人間だけで、石油を掘るのに地球に対し、マグロを釣るのに海に対し、お金を払う必要はない。

一方で、「人」とは何かを感じ、考え、実行する存在だ。

その時「お金」は一切不要だし、どんなにお金を払っても自分を含めた人の能力を高めたり、喜びを生み出すのは、お金そのものでなく、お金で得られる別の何かだ。

つまり、財団はお金の力で何かを成し遂げることを目指すのに対し、社団は人の力で何かを成し遂げることを目指すと言って良い。

あなたは、自分の目指す夢をよく考えて、人間が自分たちの力でやることなのか、お金の力で誰かにやってもらうことなのか、そのどちらかを選べばいい。

僕の選択肢は、初めに述べたのでもう言わないけど、こんな相談大歓迎だ。