ローリスク・ローリターン(HAGISO)

昨日は、世田谷区内のビルオーナーYさんに誘われて、世田谷区の空き家活用フォーラムに行ってきました。世田谷区は空き家活用に関する先進地域であるがゆえに、様々な課題も噴出していますが、5年目を迎え様々な経験を経ることにより、市民側がやるべきことに関する議論が深まるのは良いことだと思います。遅刻して後半の「他区事例紹介」から参加したのですが、「HAGISO(萩荘)」の宮崎さんのお話しがとても興味深く、思わぬ収穫でした。

ご存知の方も多いと思いますが、HAGISOは谷中のおんぼろアパートを芸大在学中にそこで暮らした建築家の宮崎晃吉さんが中心となってリノベーションしたプロジェクトです。私も、ボロ屋を活性化した好事例として、一度行ってみたいと思っていましたが、正直言って「ありがちなアートプロジェクト」くらいに思っていました。しかし、話は本人から聞いてみるもんです。詳細は下記のサイトでご覧いただくとして、ここでは驚きのエピソードをいくつかご紹介します。http://studio.hagiso.jp/

はじめの驚きは、主宰者の宮崎さんは「建築家」とはいえ磯崎新アトリエで3年の経験を積んだだけの「若造」であり、ビジネスについては、ずぶの素人だったことです。学生時代に見つけたボロアパートのオーナー(お寺の住職)を口説き落とし、仲間たちとちょっとした解放区を生み出し、いよいよ取り壊しが決まり「アパートのお葬式」と銘打ってイベントを開催するところまでは、他でも聞いたような話なんですが、その際オーナーの奥さんが「もったいないかな」とつぶやいたのを彼は聞き逃しませんでした。急きょアンチョコ本を読み漁り、なんとオーナーに事業計画を提示したというのです。

提示したのは、①新築建て直し、②更地駐車場、③リノベーションの3案で、当然のことながら③のプランがぶっちぎりで好条件。狭隘道路の角地のため①新築では床面積が激減するし、通学路で通行止め時間があるため②駐車場には致命的という説得力のもとでは、収支計算の精度はあまり問題ではなかったと思われます。実際、事業計画というのはその計算結果より条件設定が重要であり、それを判断するオーナー側も決してビジネスのプロではありませんから、誰もが納得のいく「直感的判断」こそが決め手となる場合の方が多いとさえ言えます。

もう一つ、このプランが持つ説得力は、宮崎氏がオーナーの身になって考えたこと。2階に自分の事務所を置き、建物の大部分を自ら経営する利用当事者になりつつも、オーナーに対し賃料の低減と交換に初期投資の負担を申し出て、オーナーとともに事業リスクを負いたいと提案しました。その結果、事業リスクを少なくすることでオーナーと宮崎さんの利害は完全に一致します。そもそも信頼関係とは、相手の人柄や実績ではなく、利害の一致こそが決め手ではないかと僕は思います。宮崎さんがそこに到達したことは、「素人の起業」が如何に健全であるかを示す好例だと思います。

そして最後に、彼は「ローリスク・ローリターン」という言葉で、自分のチャレンジを集約しました。「同時に使える様々な場所を持った大きな施設でなく、時間をやりくりして様々な使い方のできる小さな施設」や、「集客するための営業サービスを、地域貢献と言い換える」という発想の原点は、まさにこの「ローリスク」に他なりません。そして「ローリターン」とは決してそれに甘んじるのではなく、安心して「ハイリターン」を目指すこと、あるいはお金以外のリターンをどん欲に追及することであると言い切る彼を、僕は大好きになりました。