初めての場所に行く時、行きはなかなか辿り着かなかったのに、帰りはあっという間に着いちゃったという経験は誰にでもあると思う。
行きと帰りの時間の長さはそんなに違うはずもないので、これは時間の長さでなく、長さの感じ方の問題だ。
どうやら、人間の脳は多くのことを感じると、時間を長く感じるらしい。
「初めての道は知らないことだらけだが、帰り道は知ってる道となるので、その差は歴然」・・・という説明を聞き、深く納得してしまった。
これを逆手に取れば、僕たちは自分の意志で時間を「長く感じる」か「短く感じる」を選択できることになる。
これはすごい気づきかも!
嫌な時間を短く、楽しい時間を長くすることはできなくても、そう感じることができるなら面白いじゃないか。
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だが、一般的にはその逆だ。
楽しい時間はあっという間に過ぎ去り、辛い時間は延々と続く気がする。
初めて行く道と、帰り道で、どちらが辛いかといえば、未知の行き道の方だろう。
慣れていることは楽で、慣れないことは苦痛と言い換えるともっとわかりやすい。
[楽と辛い]の違いを、[短く感じることと長く感じること]の違いだと定義してもいいと思う。だとすれば、つまり[苦痛]とは、[時間そのもの]のことを指すことになってしまう。
ひょんなことから、[時間とは何か]という途方もない議論になってしまった。
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旅はまさに未知の時間、だから旅の1日は実に長い。
この長い時間を「楽しい」と感じない人にとって、おそらく旅は苦痛となる。
パックツアーに参加して、ガイドさんの言うとおりに景色を眺め、記念写真とショッピングを淡々とこなし、バスでぐっすり眠っている人たち。
こんな人たちにとって、旅の時間を長く感じることなど、何の価値も無いように思える。
そもそも多くの人は、知らない場所には出かけない。
パリのシャンゼリゼを歩いて凱旋門に辿り着く体験は、確かに初体験かもしれないが、すでに知っていることの確認作業でしかない。
ドゴール広場から電車に乗って、5つ目の駅で降りて散歩してみよう・・・なんて普通の人は考えない。
せっかく世界のほとんどが未知の世界なのに、わざわざ高いお金を払って知っているものを見に行くなんて、考えてみれば不思議な話だ。
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[時間をつぶす]という言葉はあなたにとってどういう意味か。何かをして気を紛らわすということは、長くて不快な待ち時間を短く感じる楽しい時間に変えることか。
残念ながら、僕はすぐに時間を短くしてしまう。
考え事をすると、すぐに夢中になり、あっという間に時間が過ぎる。
だから、何とかして時間を長く感じたい僕にとって、今日の話は深刻な問題なんだ。
そのためには「新しいことを考えればいい」という答えはまさに衝撃だ。
なぜなら、僕は「同じことばかり繰り返し考えている自分」に気が付いたから。
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今月から、僕はノートPCを閉じ、山ほど溜まった裏紙を取り出して「手書き」を再開した。
はじめはおぼつかなかった手も、書くうちに動き始め、だんだん字も書けるようになってきた。
そして何より変化したのは、時間を長く感じること。
同じ時間でも、PCとにらめっこするより2倍くらい時間がゆったりと流れていく。
そして字がうまく書けた時の喜び、絵が描けた時の喜び。
これはちょっとした新しい旅の気分だ。
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時間を長く感じたいのは、年を取ったせいかもしれない。
やりたいことはいっぱいあるのに、知りたいことはたくさんあるのに、自分に残された時間を考えると焦る。
だからもう、できるだけ同じことはやりたくない。
判っていることは考えたくない。
知らないことを考えるのは、本当は苦痛だけれど、楽をすると時間はあっという間に過ぎてしまう。
苦痛を楽しむことが「時間を長く感じるという長生き」の、極意かもしれない。