目指せ7万の小国家

あなたは「地主の起業」という言葉をご存じか?

「地主の起業」でググってみると、最初の記事は「地主のちから(第1章) | 日本土地資源協会」という僕の記事。

そして「地主の起業」という言葉が初めて出てくるのは5番目の「不動産の現場から 地主の起業 土地所有の永続化 : 2019-07」という記事だが、これも僕が雑誌に投稿した記事で、他にこの言葉は見当たらない。

さらに言えば、これらの記事は僕のPCだから上位に出てくるのかも知れず、あなたのPCだと何もヒットしないかも知れない。

だが、僕にとって、この言葉が一般に使われていないことこそが重要だ。

僕はまさに、こういう言葉を指して「必要なのに誰もやらないこと」と呼ぶ。

Wikiによれば、“(じぬし、英: landlord)とは、(農地などの)土地を貸し付けて、それで得た地代(つまり「土地の貸し付け料」)を主たる収入として生活する人のこと”とある。

恐らくこの説明を読んで、多くの人は何の疑問も感じないだろうが、土地を貸し付けてその地代で生活するには相当の面積が必要だ。

だとすると、幾世代の相続を経て大地主であり続ける人など極めて稀有な存在だ。

現実には、個人ではなく宗教法人などの法人が多いのも頷ける。

だがまてよ、もっと巨大な地主がいるではないか。

それは、日本政府のことであり、所詮日本国土の私的所有権とは、固定資産税(および都市計画税)という地代を徴収される借地権だ。

その証拠に、所有者の死亡時に徴収される相続税は、まさに名義書換料だと思えば合点がいく。

土地所有権は、最終的には国家に帰属すると考えることが、むしろ世界の常識だ。

したがって、地主とは国家のことと考えた方が現実的だ。

そもそも権利とは、国家によって与えられ守られる自由のことで、所有権とは使用・収益・処分の自由を指す。

だから土地所有とは、国から与えられ守られている権利であり、その見返り(義務)として、税という名の賃料を払っている。

だが国は、その所有権を誰かから与えられても守られてもおらず、自分の力と周囲の承認を得ることで領有しているのが世界の仕組みだ。

尖閣諸島の領有と所有を一緒ごたにした石原慎太郎の愚策により、むしろ中国を刺激したことが、このことを如実に示している。

さて、本題に戻って「地主の起業」の話をしたい。

この言葉は「広大な土地の所有者なら、土地を放置せず賃貸しよう!」という提案に聞こえるかもしれない。

だが、僕の意図はそうではなく、「国から借りている土地をまた貸しすることで、僕ら自身も国になろう」という意味だ。

僕はよく、「地域社会を行政や自治体に任せず、市民自身が担うべき」と唱えるのだが、それは、土地を所有する市民が所詮「国から土地を借りている人」に過ぎないからだ。

土地を借りて自ら使うのでなく、土地を貸して使わせてあげることこそが、地主=国になることだ。

中東のドバイという国は、かつて漁業を営む寒村だったが、1830年代にアブダビから移住してきたマクトゥーム家が、クウェートから資金を借りて港湾を整備し、外国資本を誘致することで油田を開発し現在の繁栄を築いていったという。

僕がドバイを引き合いに出すのは、その極端な変化でなく、その変化を促し受け入れてきたドバイ国の在り方だ。

つまり、僕ら自身が国になるとは、僕ら自身が働き稼ぐのでなく、変化を促し受け入れること。

自ら働き、稼ぐ自分でなく、それを促し受け入れる自分を「地主」という。

そんな役割に気付き、担うことを「地主の起業」と名付けたのだが、この説明のわかり難さが僕の課題だ。

世田谷で僕が取り組む笑恵館が、まさに地主の起業=国づくりだ。

地主が国になるために、地主を法人化することで不死身となり、相続=名義書き換えの無い永続性を実現する。

法人=国が所有する土地が国土、法人=国に所属するすべての人が、国民となる。

ここまでなら、かつての貴族や幕藩体制の領主と変わりはないが、これからの国づくりは民主主義の実現を目指したい。

つまり、国が稼ぐのでなく、国民が自由に稼ぐために、法人=国が非営利組織となることで、不労所得を排除する。

なぜなら、金銭に依存する消費者が多数を占めることにより、人々は相互依存を捨て孤立を深めるから。

全ての人が働いて、買い手と売り手の双方向の人間関係を目指したい。

先日募集を締め切った「ローカルリパブリックアワード」というイベントは、まさに経済活動でつながる地域コミュニティ作りにスポットライトを当てる取り組みだ、

地域資源(Land Resource)と地域社会圏(Local Republic)のイニシャルが、どちらも「LR」というご縁も手伝って、僕は2つの事業をまたにかける道を選択した。

土地を所有する人と、地域で事業を起こす人が連携すれば、すべての土地活用事業が「小さな国づくり」に変貌する。

明治初頭に7万以上あった集落が、現在の1800弱になるまで統廃合を続けた自治体は、所詮日本政府の出先機関に過ぎないが、僕らの国づくりは、「少なくとも7万以上の小国家から成る日本」を目指したい。