地主の地は、地域の地

■地主と所有者の違い

地主とは「土地の持ち主」と思われがちだが、実は土地所有者のことでは無い。

地域を統治する領主から集落ごとに任命された「役人」のような立場で、「年貢のとりまとめ」が主な役割だった。

豊臣秀吉の太閤検地以降、農地はそこを耕す耕作者が所有することとなったが、個別に年貢を取り立てるのは大変なので、集落ごとに所有者の中から地主を選び、集落分の年貢をまとめて納める役を担った。

すべての耕作者が豊作なら良いのだが、一部でも凶作となるとその分の補填をしなければならない。

その時、農地を担保に貸し借りがなされたため、借りがかさんだ耕作者は農地を地主に差し出して、小作人として耕作を続けた。

■地主の地は地域の地

こうして各地に大地主が生まれるが、土地が金銭で売買された例はほとんどなかったようだ。

むしろ、集落全体が緩やかな大家族となっていった。

当時の地主を現代に置き換えるなら、役所や税務署の出先として、年貢を集めるために奔走ずる町会長のようなイメージだ。

電気や水道はもちろんのこと、社会インフラなどほとんど存在しない自給自足の時代だったので、集落の人々が助け合わなければ耕作も出荷もおぼつかない。

結局地主の仕事は、役所や農協だけでなく、冠婚葬祭、防災や消防、医療や介護、そして娯楽や観光までおよそすべてに及んでた。

あえて言うなら「地主の地」は、「土地の地」でなく、「地域の地」だと僕は思う。

■地主の消滅

ところが黒船がやってきて、日本は開国を迫られ、全国がばらばらに自給自足などしている場合でなくなってしまった。

国を統一し、強い経済と軍隊を生み出さなければ、西洋の属国にされてしまうだろう。

幕藩体制を倒して生まれた明治政府は、富国強兵を推進するため、年貢制度によるコメ経済から貨幣経済への移行を実施した。

官(行政機関)と民(営利企業)がすべてを担うことになり、役割を失った地主は消えて土地所有者となった。

土地を財産化することで、課税する代わりに自由な売買を可能にし、血縁者に相続することで個人への配分を推し進めた。

こうして日本は、瞬く間に列強諸国と戦うようになり、致命的な敗北さえも乗り越えて奇跡的な復興と成長を成し遂げた。

■地主とコミュニティ

だが、日本全体が豊かになり成長の時代が終わると、少子高齢化による人口減少が始まった。

競争による淘汰が国内の格差を広げるようになり、都会への集中と地域社会の衰退が加速した。

今や都内の新築分譲マンションが半分以上駅から5分以内に建設されているというから、もはや都会の中でも淘汰が進んでいる。

豊かな社会とは、土地や家に縛られていた封建主義から解放し、人々を個人レベルに分解して地域を崩壊させることなのか。

封建社会からの解放とは、逃げ出すことでなく個人の自由を尊重することで、束縛や差別を解消することでは無いだろうか。

■地主の再生

また、地域経営とは、成功や失敗で終わることでなく、いつまでも継続することを目指さなければ意味がない。

儲からなければ撤退する企業や、住民が減ると合併する自治体などに任せられない。

そこで僕は、地主の再生を思い立った。

かつて国中の集落が自給自足の経済と独自の文化を生み出し担ってきたのは、官でも民でもない地主とその家族たちだった。

かつての地主が、領主に命じられた地域社会のお目付け役なら、新しい地主は自らが領主となる領民のこと。

血族でつながる家族や相続制度に縛られず、地域を担う仲間たちと法人を作って、土地という地域を経営する人たちのことだ。

■地主の育成

土地を個人が所有していては、永続的な土地経営を実現できない。

土地は法人が所有し、その法人に所属する仲間たちを集め、家族のように率いていくのが新しい地主の役割だ。

また、土地は細かく分割して個別に所有するよりも、法人がまとめて所有した方が、収益や費用を合理的に配分できる。

つまり、土地と人をバラバラに孤立させるのでなく、願いを共有する仲間たちが持ち寄れば、新しい地域を生み出せる。

地主とは、土地の主でなく、地域の主だと先ほど述べたのは、そういう意味だ。

だから、土地の所有者だけでなく、その土地利用に関わる家族や仲間も地主になって欲しい。

ある意味で、封建時代から今もなお続く「血縁家族による土地継承(相続)」に対し、別の方法を知って欲しい。

■地主の学校

いよいよ下記の日程で、地主の学校がスタートする。

当面は月に一度のペースで開催するので、このブログではその予告をお伝えしたい。

 

地主の学校 第1回

テーマ:地主の地は、地域の地

日 時:2019年8月17日(土)10-12時

場 所:笑恵館 東京都世田谷区砧6-27-19

受講料:3,000円