3.用心棒・破綻処理

謝罪と処罰

「謝罪の王様」という映画をご存知か。宮藤官九郎脚本、阿部サダヲ扮する謝罪師(東京謝罪センター所長)が大活躍するコメディで、当時ブレイクしたテレビドラマ「半沢直樹」や、NHKが「クローズアップ現代」で「氾濫する『土下座』」を特集したことなどとともに、当時の「土下座ブーム」を扱った作品だった。日本人はなぜ土下座をするのか、なぜ土下座を見ると怒りが和らぐのか、外国からも好奇の目で見られたことを思い出す。僕も1999年に会社を倒産させてしまった時、取引先や顧客にたびたび謝罪文を書くうちに、「前略・・・草々」がいつしか「前略・・・土下座」になってしまった。「土下座」は不思議な文化だ。

さて、当時議論となったのは「土下座は本当に謝罪なのか」ということ。謝罪の王様はこれに対する痛烈なメッセージだ。ある国に対し多大な迷惑をかけてしまった日本政府が、役人や大臣を謝罪に派遣しても許してもらえずついに土下座をしたところ、これがこの国の最悪の侮辱の行為ということで国民全員の逆鱗に触れ、最後に謝罪に行った総理を、国王以下全員の土下座で迎えられてしまう。土下座とは謝罪を意味する態度とは限らないとすると、なぜ日本人は土下座を好むのか。それは、土下座が恥ずかしい行為だから。土下座は恥を掻くという「処罰」なのだということだ。だから、土下座をする人は、謝っているのでなく許しを乞うている。

謝ることと許すことは全く別のことだというのが僕の意見だ。たとえ許してもらえなくても、自分が悪いと思ったら罪を認めたら謝ること。自分は悪くなくても、相手に迷惑をかけてしまい責任を感じたら、罰として損害を賠償すること。罪と罰は関連するけど全く別のことだと僕は思う。