月刊家庭科研究 2000年2月号 家庭科教育研究者連盟

●特集・健康を脅かす住まい (25 p)

健康住宅考察−自分の基準で家を建てる

 私たちが「安全」や「快適」といった概念を語るとき、とかく「基準」に頼りがちです。しかし、この「基準」について、私たちはどれだけ知っているのでしょう。基準をよく知らないで、データや数値だけで判断基準にしていないでしょうか。実は基準をよく知らないのは、買い手や使い手の方だけではなく、売り手や作り手の方も同じなのです。そもそも「基準」とは、判断が難しいために特定の人が下した判断を「基準」にして、他の人はこれに従うためのモノです。ですから、「基準」というものは、結果として一般の「無関心」を招きます。今私たちが考えようとしている「住宅と健康」の問題の最大の敵は、この「無関心」です。今日はみなさんに、「他人の基準」を離れ、「自分の基準」で考えることをご説明したいと思います。

 私が経営する建設会社が3年前に「エスナ市ヶ谷」というマンションを分譲しました。エスナとは、「エコロジカルスペース オブ ナチュラルアメニティ」という造語の略称で、「自然の快適性を基準にして人間のための空間を作る」というような意味です。具体的にどんなマンションかというと、
  • 内装材については、施工中、入居時、火災時に発生する有害物質を極力抑えること。
  • 間取りは通常より1部屋減らして広くて自由なリビングを確保すること
  • 可能な限りのオプションを準備し、追加、変更に対応すること。
の3点が大きな特徴です。モデルルームには、様々なサンプルや資料が所狭しと並べられ、お客様はもちろんのこと、施工者や販売員に至るまでみんなで勉強しながら販売しました。お客様には、徹底的にチョイス(選択)をしていただきました。内装材、間取り、換気システム、消火システム、冷暖房システムなど、選択肢は幾らでもあります。私はあえて可能な限りの選択肢(オプション)を揃え、執拗にお客様に提案しました。「こんなに選ぶのに、何を基準に選ぶのか?」と、お客様は困惑されましたが。大変な作業ですが、しかしそれがこのマンションの狙いなのです。

 迷っているお客様には、「貴方自身の快適性を基準にしてください。」と、私は申し上げました。だからこそ、有害物質は排除したいし、間取りも大きくしてあるのです。健康な家造りは、こうした当たり前の会話から始まります。「体に優しい食品」、「体に優しい洋服」と言われればそれで納得できるでしょうか。健康は個別の問題で、人それぞれです。お客さまの中に「重度の科学物資過敏症」のKさんがいらっしゃいました。この方は、「自分の健康を気遣ってくれるだけで体が楽になる」といって、即日購入されましたが、その後の打ち合わせは大変でした。壁紙を1枚ずつ全て体に当ててみて、様子を見ながら選んでいきました。「自分の生活は自分の基準で作る」のが当たり前だと私は思います。しかし、現実は手間がかかる作業で、なかなか簡単にはいきません。

 このマンションは、当時「健康マンション」の先駆けといわれ、新聞やテレビに幾度も取り上げられました。私はメーカーからも様々な話を聞いて勉強し、分かったことをお客さまに伝えたこと。公には認知されていない材料の中にもすばらしい素材が有ることなどを懸命に語りました。しかし、残念ながらマスコミの切り口は、「ホルムアルデヒドの放出量を**PPM以下に押さえた」とか、24時間換気システムを採用したと言った即物的な面だけでした。ノンホルム材の採用等は、その後業界の常識となり、「だから体に優しい」という安易な健康住宅が氾濫する結果となりました。こうした動きに対して、健康住宅に関する新しい品質基準を策定しようという議論が活発化していますが、いつまでこんなことを繰り返せば気が済むのでしょうか。基準ができれば、確かに最低レベルは向上します。でも、それらは作り手側の基準であり、生活者はもっと自分のために真剣にならなければなりません。

 「エスナ市ヶ谷」の工事現場で、天然塗料を使っていたペンキ屋さんがこんなことを言っていました。「このペンキは、昔のペンキみたいで懐かしいね。今のペンキは長い間使っていると頭痛はするし、手はしびれるし。一種の職業病かね。」恐ろしい会話ですが、考えてみるとよくある話です。例えば農家では、出荷用の野菜にはふんだんに農薬を使うが、自家用の分には決して使わないとか。でも、その農薬だって、「安全基準を守っているから問題ない」と言うのです。基準とはそういうものです。これ以上使うと危険だとか、これ以下だと危ないとか、許容最低限を決めているのが基準です。それでは、HIVやダイオキシンの問題はどうでしょう。基準自体が事件を起こし、見直しをしているのです。

 大切なのは、基準をクリヤしていることよりも、「どうしてか」という情報の開示と、「どうするか」という選択です。建築はもとより、生活を取り巻くすべての情報が実体を語ることなく基準で処理されています。快適温度、快適湿度等々。余計なお世話です。人間はビニルハウスで栽培されているトマトではないのです。「建材から有害物質が出ているという情報をいつ頃入手されたのですか」と尋ねられることがありますが、そのことに気づかない我々の感覚こそが問題です。危険なものを消毒して使うことに慣れきった生活そのものが問題ではないでしょうか。「私こそ、体に優しい住宅を造るぞ」という心意気が大切です。やる気になった貴方に、健康な家造りのコツを伝授しましょう。

 まず、躯体はきちんと作ること。建築は、躯体(構造)と仕上げ(付帯設備)に大別できます。専門家にトコトン質問をして、納得のいく躯体を作りましょう。この時、きちんと質問に答えてくれない施工業者は止めた方が賢明です。貴方は素人なのですから幾ら質問をしてもかまいません。今回の建築基準法改定で、「中間検査」という制度が導入されました。建設中のある時期に、検査官が施工中の現場を検査するというモノです。実は、多くの建売業者がこの制度を静観しています。最低基準を下回る業者が多いのも残念ながら現実です。少しコストがかかっても、長持ちする躯体を作ることが最大のコストダウンです。躯体工事費の安い業者には要注意です。

 次に仕上げですが、全部作ろうと思わないこと。とりあえず雨風が凌げればよいというくらいに考えると、とても楽になります。まずはお金をかけないこと。最低限の仕上げや設備を想定し、予算に余裕が有れば「納得」のゆく選択をして付け加えてゆきましょう。住宅とは生活と共に作っていくものです。住宅を新築時に完成させる必要はありません。なぜ新築時に完成させなければならないか。施工者は工事を一度にまとめて施工した方が安いからといいます。それでつい、発注者は新築時にあれもこれもと予算を使い果たしてしまうため、結果として追加投資をする余裕などなくなってしまうのです。バーゲンで安いからといってあれもこれも買っていたらキリがありません。足りなくて困るくらいがちょうどよいのです。

 さて問題は、「納得」ということです。「納得とは何か?」。それは「理解したことによる安心感」だと思います。顧客に理解してもらうために作り手は様々な努力をしています。その代表が「情報開示」です。ところが、この情報開示が実に分かりづらい。新建材や塗料、接着剤など、成分の名前を聞けば聞くほどかえって分からなくなります。それに比べて、天然材料は明解です。前述した「天然塗料」などは、「タンポポ、菜種、亜麻仁油・・・」といった材料が並ぶだけ。「タンポポは何からできているか?」などと聞く人はいません。化学製品の氾濫により、今後どのような被害がいつ出現するかは誰にも予測できません。当面は自然の材料や昔からの技術に立ち返って、「知らないモノ」よりは「知っているモノ」を使っていくことが基本となります。

 将来の建築を考えるに当たり、今必要なのは、誰でも知っていたはずの生活の知恵を取り戻すことです。150年前の江戸の町は極めてエコロジカルな美しい町だったのに、現代の我々はその当時の知恵をすっかり忘れています。新技術の開発と急激な経済成長の中で、途絶えてしまった知恵の継承を今見直さなければ、知恵の持ち主つまり「老人」がいなくなってしまいます。継承された知恵を現代に投影して学ぶ「家庭科教育」の実践が急務です。知識教育に落伍者がいても構いませんが、知恵は生活の必修科目です。知識が生んだその場凌ぎの基準だけに頼らず、納得できる「知恵」の基準で自分の生活スタイルを作ることが、これからの家造りであると確信しています。


この記事を縁に、麻布高校で家庭科の講義を担当することになりました
文責 松村拓也
神奈川県横浜市在住 
エコロジスト ボーイスカウト RS隊長
建築屋 株式会社 辰 代表 
TEL 03-3486-1570
e-mail:shin@esna.co.jp HP:http://www.esna.co.jp

この文章は編集部の許可を得ずに、全文掲載させていただきました。