先日、あるNPO法人の解散手続きがほぼ完了した。
法人の解散手続きは、ある有限会社から10年以上前に依頼され、息子と一緒に対応した経験から、気軽にお引き受けしたのだが、NPO法人は非営利な上に行政の認証が求められることから、予想外にてこずったので、せっかくならこうした経験を分かりやすく解説する「非営利セミナー」を企画しようと思いついた。
そこで早速、その名称をあれこれ考えるうちに、今週末に予定されているポッドキャスティングのテーマである「オルタナティブエコノミー」を思い出した。
代替経済と訳されるこの言葉は、資本主義経済だけに頼らず多様な経済システムが共存できる社会を目指す考え方だ。
そこでふと、資本主義経済を営利経済と言い換えれば、代替経済は非営利経済になることに気づき、さっそくググってみた。
すると、面白いことにAIがこんな答えを返してくれた。
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非営利経済とは、NPO法人や社会福祉法人など非営利組織が中心となる経済活動です。
「無給」という意味ではなく、得られた利益を出資者や役員に配当せず、すべて団体の公益目的のために再投資する仕組みを指します。
非営利経済圏の特徴と代表的な主体は以下の通りです。
非営利経済の基本原則
利益分配の禁止:剰余金(利益)を構成員に配当したり、残余財産を分配したりすることは法的に禁じられています。
資金の再投資:事業で得た収益は、すべてミッションの達成やサービス向上にあてられます。
主な活動主体
NPO法人(特定非営利活動法人):まちづくり、環境保護、国際協力など多様な社会課題の解決を担います。
社会福祉法人・医療法人:介護施設や保育園、病院の運営など、公共性の高いセクターの中核を担います。
協同組合(生協や農協など):組合員の相互扶助を目的とした非営利・協同の経済システムです。
一般社団・財団法人:非営利型法人として登記されることで、公益事業を展開できます。
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さて、例によって僕なりにAIのコメントにダメ出ししてみよう。
まず、「非営利経済」という言葉はどうやら存在しないようだが、「非営利経済圏」と勝手に言い換えて非営利法人の一覧を紹介している。
これらをつなぐ「非営利」の基本原則をそのまま「非営利経済」の定義に置き換えているが、そこまでは僕に異論はない。
だが、続く事例紹介あたりから、AIらしい統計処理による「一見ごもっとも」な説明が展開する。
公益目的の再投資とは言いづらい宗教法人や学校法人は、登場しない。
さらに言えば、自治体や政治団体などに至っては、経済に含まれるかどうかさえ言及されず、あえて「経済」の話をしてるのに、「非営利」の議論に終始する。
というわけで、ここから先は、僕の独断と偏見をもって、独自の議論を展開しよう。
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まず、「得られた利益を出資者や役員に配当せず、すべて団体の公益目的のために再投資する仕組み」とは、さすがAI見事な要約だ。
これが「非営利経済」の定義なら、その逆である「得られた利益を出資者や役員に配当し、一部を団体の公益目的のために再投資する仕組み」が、営利経済の定義だろう。
「CSR(Corporate Social Responsibilityの略)」が、日本語では「企業の社会的責任」と訳されて、私的な利益追求ばかりに走ることを戒めるのは、この説明からよく分かる。
だが、公的な利益増進を妨げない限り、私的な利益追求は決して悪ではない。
むしろ、不正の温床となりつつある政治や公的組織こそが、CSRを自覚すべきかもしれない。
と、ここまで「営利=私、非営利=公」的な議論をしてきたが、今日の本題はそれでなく、「利益=剰余金」の話をしたい。
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先述のAI回答にもあるように、「営利の利」は「剰余金」を指している。
さらに言えば、「剰余金の配当や残余財産の分配」とあるように、「得られたお金の分配」を指していて、お金を「配ることが営利」で、「配らないことが非営利」と定義するのが、最も明確だ。
だが、それでは非営利は何のためなのか分からなくなってしまうので、次のように言い換えたい。
・営利経済は、お金を稼いで配ること。
・非営利経済は、お金以外を稼いで配ること。
この説明が正しいかどうかは、具体事例を思い浮かべれば明確だ。
金を集めて配るための政治組織やパーティは、どう考えてみても営利活動だし、苦労して作った作物を大赤字で直売する都市農業は、どう考えても非営利事業だ。
僕は、この現状に不満を抱いているのでなく、「公的だから非営利」で「私的だから営利」という決めつけをやめるべきだと言いたい。
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さて今日は、NPO法人の清算手続きに、思いの他手こずったことから、非営利について学び直したいと思ったことがきっかけで、「非・・・」から「オルタナティブ(代替)」を連想し、話がどんどん脱線した。
脱線ついでに「オルタナティブエコノミーの反対」でググってみると「メインストリームエコノミー」とAIらしいもっともな答えが返ってきた。
メインとは主流・本流のことで、まさに「正しい」や「多数」を連想させる概念だ。
だが、今日気付いた「お金とそれ以外」は、果たしてどちらがメインだろう。
僕たちがおカネを稼ぐのは、おカネを使うためなのか、何かをするためなのか。
お金を使うためなら必ずおカネが必要だが、何かをするならお金以外にもやり方はいくらでもある。
つまり、メインとは誰もが正しいと思い込んでいるに過ぎないことであり、実は無数の手段の一つに過ぎない。
多様性とは、まさにこの無限のこと。
世界のどこかに、世界のだれかに、そしてこれまでのいつかに素晴らしい答えが有るはずだ。
それは僕かも知れないし、あなたかも知れないよ。