先日ブログに書いた「辻説法@現地」を始めるため、準備を進めている。
その目的は、相手とやり取りをしながらこちらの意図をしっかり伝えること。
そこで、相手によって語り口は様々変化するが、少なくとも辿り着きたい結論をしっかり紙に書いて、「ね、だからこれなんです!」と見せることをゴールにしたい。
つまり、僕の伝えたい「これ」を、明確に書く必要が有る訳だ。
もちろん、伝えたいことははっきりしていて、それは「一緒に地主になりましょう」という感じ。
地主になってできることは、場所によって様々なので書けないが、「地主」という概念については、ズバリ書きたいと切に思う。
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そこでまず、世間の人が「地主」に興味を持って、ググってみるとどうなるかを調べよう。
早速「地主」という言葉を検索したら、「地主株式会社」という上場企業が現れて、「土地を買う、土地を貸す、貸している土地を売る、そして投資家の資金を運用する、それがJINUSHIビジネスです。」と書いてある。
恐らくこれが、すでに形成された世間の常識に準拠するのかもしれないが、そもそもビジネスは金儲けではないことと、金儲けは手段であって目的ではない点で間違っている。
僕は金儲けを否定する気は毛頭ないが、その目的化を一般化すべきではない。
おカネは食べられないし、お尻も拭けない兌換(交換)券に過ぎず、それは何かを買ったり頼んだりするための手段に過ぎない。
僕が問う目的とは、買うモノや頼むコトの方であり、それ無しにおカネにこだわるのは「とりあえず」に過ぎない。
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だが一方で、この事例は反面教師的な示唆に富んでいる。
僕が否定したいのは、「土地を買う」と「土地を売る」の部分であり、「投資家の資金を運用する」を「仲間の願いを実現する」に置き換えたい。
つまり「所有する土地を貸して、仲間の願いを実現する」が、僕の目指す地主の説明だ。
もちろん土地の売買だって否定する気は毛頭ないが、それは決して地主の役割ではない。
地主とは土地という小さな国の君主=王であり、領地を売り買いする人は売国奴と言って忌み嫌われる。
かつてアメリカが領土をフランスやロシアから購入して広げたこともあったが、それは植民地などの収奪財産だった。
つまり、先ほどのJINUSHIビジネスの実態は、まさに植民地支配に基づく帝国主義であり、トランプ大統領に代表される自分ファーストの系譜とともに、それを地主とは呼びたくない。
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おっと、話を本題に戻そう。
「一緒に地主になりましょう」は、「地主の仲間になりましょう」に言い換えられるが、それに付随する「入会して会費を払って欲しい」は手段であって、「地主として土地を自由に使って欲しい」こそが目的だ。
ところがこの「自由に使う」の説明が、極めて難しい。
「使う」は、使用・利用・活用など様々な言葉の総称で、それを「自由に」となれば、本当に何でもできる「無制限」を意味しているが、多くの人にとって「無制限の自由」など理解不能に思える。
現に僕自身、名栗の森オーナーシップクラブを始めた時、まずは「山林所有」に関する制限事項を探し求めて、市役所を皮切りに「盥(たらい)回し」をされに行った。
その結果、あくまで「無制限(自由)」が基本で、特別な条件下の素でだけ制限があることがよく分かり、自身の思考回路も逆転した。
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そもそも都会育ちの僕自身、山林の実態についての知識などほとんど無いに等しかった。
例えば「宅地建物取引業(不動産業)」は、宅地に関する業法だが、宅地面積は日本国土の1割程度で、7割近い山林には全然関係ない。
だが、逆に言えば国土の7割近い山林部分や2割程度の農地について無知な我々が、農業や林業の政策について論じられるはずがないのに、コメ問題はすでに待ったなしの状況だ。
社会について論じるために、必要な社会参加とはいったい何なのか。
それは、土地を所有することで当事者になるしかないんじゃないかと僕は思う。
そして、土地売買を禁止せよとは言わないが、せめて所有中は地主(領主)になって、小さな国づくりの当事者意識を持つべきだ。
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案の定、とりとめのない話に思えるけど、それでも核心に近付いてる。
僕がみんなに言いたいのは、やはり「金持ちでなく王様を目指そうよ」だと思う。
以前「金持ちと王様」の中で、「金持ちが目指すのは、自分だけが金持ちになること」だと断じたが、そんな自分ファーストを指示する人は、所詮同類だ。
これに対し、これまで特権階級の代表格だった王様に、みんながなっちゃう「民主主義」は、王様が大勢いる国を作るのでなく、国民すべてが王様になって議員や役人(という家来)を働かせるという意味だ。
その第一歩が、地主(土地所有者)の仲間(王の家族)になることだ。
結局、辻説法のゴールはめちゃくちゃ難しくなったけど、やる気がぐっと湧いてきたので、ま、善しとしよう。
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