残念な前進

まずは2つの相談から。
MSさんは某クラファンの呼びかけに応え、7名限定月額3万円で1年間の支援を申し込み、みんなで一緒に土地を活用するプロジェクトに参加した。
7人のメンバーがそろってしばらくすると、事業者が所有者から土地を購入したとか、敷地内に他人の土地が混在するとか、意味不明の連絡が来るようになり、一部のメンバーが脱退を表明する。
次第にMSさんも不信が募り、数回支払った後に脱退を決意したが、クラファンの募集要項に違反すると拒絶され、このままの泣き寝入りでは納得できないという。
そこで、これまでの経緯説明に加えて収支に関する情報開示を請求する書面を作成し、期限までに対応が無ければその書面を公開せよと提言した。

KOさんは数十年前に購入した嬬恋村某別荘地内の土地につき、今後とも利用見込みがないので無償譲渡を申し出たところ、引き受け手SMさんが現れたので先日一緒に現地確認に赴いた。
別荘地内ということもあり、現地へのアクセスは良好な上、電気や水道の引き込みも可能なので、SMさんはキャンプやブッシュクラフトなど費用をかけない「土地遊び」を夢見ていた。
ところが、空き地だらけのエリアの中で、約100坪の境界は不明瞭な上に、隣地には火災の焼け跡がそのまま放置されているにも関わらず、管理事務所から年額2.5万円の管理費に加えて、軽井沢の別荘地にふさわしい土地利用が求められる。
翌日KOさんに、譲渡を丁重にお断りした上で、むしろ数十年分の管理費の払い戻しと今後の支払い拒否を提案し、「残念だけど一歩前進」と喜ばれた。

2つの相談は、どちらも土地所有に関連するトラブルなので、僕のところに舞い込んだと思われる。
前者は名栗の森に類似した「オーナーシップクラブ」的な事業だが、寄付と対価の定義も無いクラファンで、領収書すら発行されない。
後者は土地所有権の無償譲渡による利活用の促進だが、使用・収益・所有の自由が損なわれる上に、あたかも賃料のような管理費負担が伴い、とても所有権とは言い難い。
両者に共通するのは、「募集要項や契約書の記載内容なので、対抗できない」という相手方の言い分だ。
これに対しSMさんは、「表意者が意思表示を無意識に誤った場合に、意思表示から推察される内容と本人の意思が食い違っている状態」を指す民法での「錯誤」をクラファン応募要領に適用し、意思表示を取り消して契約をなかったことにできないか。
そしてKOさんは、「条件付き所有権に買い戻し条項がないのはおかしい」などと訴訟できないか、と考える。
どちらも、「泣き寝入り=一方的な敗北」でなく、「せめて一矢報いたい」という思い。

実は、僕にはこうした相談が頻繁に舞い込んでくるのだが、某洗剤の宣伝を真似て「大っ歓迎!」だ。
多くの人が、こうしたトラブルに遭遇しないことを前提に暮らしているが、実社会はこんなこと「だらけ」だと僕は思う。
もちろん悪意を持って他人を騙そうとする輩に対する備えや守りも必要だが、もっと重要なのが「悪意のないトラブル」に対する対処だ。
かつて会社を潰した時、僕が一番後悔したのは「下請けの連鎖倒産」が無かったこと。
僕はよく、「今の自分の原点は、1999年の倒産経験だ」と断言し、失敗を経験することこそが、失敗の防ぎ方を学ぶ最大のチャンスだと確信する。
だがその結果、すべての下請けを連鎖倒産から救ってしまい、彼らの学びのチャンスを奪ったことに気が付いた。
まさに「魚を与えるより釣り方を教えろ(授人以魚 不如授人以漁)」という老子の格言に反してしまった後悔だ。

そこでまず、MSさんには相手に期限を過ぎたらそのまま公開する「抗議+要求文(期限付)」を叩きつけるよう提案した。
応募要領を読んだ上で参加すると、後から文句を言えないのは、ジャンケンで後出しした人が文句言えないのと同じこと。
だから、今度はこちらがあらかじめ期限付きの罰(公表)を宣言し、先出しジャンケンで相手の反撃を食い止める。
KOさんには、無料で相談できる友人の弁護士に、同様の被害者を啓蒙する集団訴訟を持ちかけるよう提案した。
別荘地管理者の費用請求を契約上否定できなくても、同様の不満が多数居れば、問題提起は可能になる。
問題提起とは有言実行のチャレンジであり、まさに先出しジャンケンと同じ価値を持つ。

この提案に対し、KOさんから先述の「残念だけど一歩前進」という言葉が返ってきたことが、今日のブログの始まりだ。
「魚と釣り方」とは、まさに「嬉しい後退(魚)」と「残念な前進(釣り方)」だと気が付いた。