大きな家は小さなまち

僕が活動拠点としているは、昭和の時代に建てられた木造住宅とアパートだ。

現在敷地面積は120坪だが、元は200坪の土地を借り、その上に家を建てて暮らしていた。

ある時、底地権者()から買い取りを求められ、200坪分の借地権と120坪分の底地権を交換したという。

昔は、個人が土地を買うのは稀なことで、土地を借りてその上に家を建てるという借地方式が普通だった。

土地のは底地権と地上権に分けられて、借地人は底地権者に地代を支払った。

やがて、日本経済が活発化し、住宅ローンなどが創設され、土地売買が頻繁に行われるようになった。

だから、土地を売却して利益を得るために、地主が借地人を追い出すか、笑恵館のように買取を求めるようになったという。

いきなりこんな話をして、何が言いたいのかというと、そもそも住宅の広さは200坪くらいが普通だったということだ。

だが、そんな大きな土地を持てたのは、土地を「買った」のでなく「借りた」から。

その後、土地売買は盛んになったが、それは誰もが金持ちになったからでなく、生命保険を担保にしてお金を借りる「住宅ローン」ができたから。

したがって、土地建物の販売は細切れに小さくするほど利益が出る。

日本の建売住宅が、外国人から「小さな芸術」と揶揄されるのはそのためだし、今や埋め立て地や劣悪立地に建てられる超高層マンションがデベロッパーの経営を支えている。

こうした住宅の細切れ化を促進したのは、人々が小さな家を求めたからでなく、そこで暮らす家族が細切れになったからだ。

経済の発展はあらゆるサービスの経済化を推し進め、「お金があれば何でもできる」社会を実現した。

地域社会や家族というコミュニティの一員にならなくても、お金さえあれば生きていけるということは、個人の自由を束縛する社会や家族のしがらみからの解放を意味している。

金持ちになることで幸せになれる…と、誰もが考えるようになった。。

また、かつての大きな家にあった様々な機能が、住宅の細分化によって奪われたが、それを補う様々な施設ができて高度な専門サービスを提供するようになった。

結婚式も葬式も、かつては自宅でやっていたのに、今では豪華な式場が夢のようなセレモニーを演出してくれる。

自宅に必要なのは、プライバシーと静けさだけとなった。

確かに経済が発展し、誰もが収入を増やしている間は良かった。

だが世界一豊かな国になった途端、バブル経済は崩壊し、かつての成長が止まってから30年が経とうとしている。

お金の価値が下がらないデフレ状態が続くのは、いくらお金を印刷しても貯め込んで使わないからだ。

人々はお金を持ったまま年老いて、貧しくなった若者たちは出産育児どころか結婚さえも諦めて、家族の細分化はさらに進む。

我が国の人口増加はとっくの前に終わっているのに、住宅供給が続いているのは、家族の細分化が止まらないためだ。

かつて貧しい後進国を相手に輸出大国として豊かになった日本は、いまでは貧しい若者を豊かな高齢者がこき使う格差社会になってしまった。

だから僕は気が付いた。

結局のところ、金持ちとはみんなで一緒になるのではなく、大勢の貧乏人に支えて生きていく人のこと。

だが僕は、笑恵館を運営してきた6年間で大きな家の価値を再発見した。

借地の時代、まかない付きの下宿屋だったころは住人たちと共同生活だったが、アパートになってからの住人とは挨拶を交わす程度だったという。

ところが笑恵館になってからは、会員=家族になることがアパート入居の条件なので、月に一度の食事会はまるで大家族の食卓だ。

さらにこのアパートから、これまで二組の夫婦が生まれ、二人の赤ちゃんが誕生した。

この子たちが家族会員、特に高齢者たちにとって孫同然の存在になったのは言うまでもない。

月に一度の入居者食事会には、老若男女十数名が集まる大家族が実現しており、その周りには親戚のようなヘビーユーザーがいて、さらには600人を超える会員が身内として存在する。

こんな大家族が暮らすには、大きな家が欠かせない。

というわけで、笑恵館の建て替えは、「共同住宅」でなく一軒の「大きな家」を目指している。

居住スペースの分譲という形式をとるけれど、実際は大きな家をする家族として、出資を募ることになるだろう。

小さな家で楽しく暮らせるのは人生の一時期に過ぎないが、様々な世代が暮らせる大きな家ならば、自分の暮らしやすい部屋に移ればいい。

小さな家にはあまり使わない無駄な部屋は作れないが、大きな家で交代に使えば無駄にならない。

そして何より小さな家では大きな部屋は作れないが、大きな家で大きな部屋を作れば劇場や運動場など自由に使える。

かつて結婚式や葬式を自宅で出来たのは、こうした大広間や庭があったから。

つまり、「大きな家」は「小さなまち」だと僕は思う。

僕たちが目指すのは、プライバシーや静けさを守るだけの「小さな家」でなく、がんばればなんでもそろう「小さなまち」に暮らすことだ。