ど素人のすすめ

毎年正月の挨拶が終わる頃になると、「今年は確定申告のセミナーやらないんですか?」という声が聞こえてくる。
そんな声にこたえて、今年も「複式簿記入門講座」を開催する。
この講座には、「ビジネスのDIY」と「ど素人起業セミナー」という2つの副題がある。
何事も自分でやればお金はかからないし、新たなことに挑む起業には先例も無く誰もが素人だ。
僕がこの2つにこだわるのは、そもそも僕自身が「経理の勉強をしたことの無いど素人」だから。
そんな僕が、自分自身で経理・会計の作業を行うようになったのは、もちろんそうせざるを得ない事態(会社倒産)に追い詰められたから。
でもその結果、独学と自己流でできるようになったのは、「複式簿記」の仕組みに気付いたからに他ならない。
何かがわかること、何かをできるようになるとはどういうことか、今日はそんな話をしてみたい。

財務会計の仕組みに気付いたのは、Excelで自分用の出納帳を作った時。
手書き用に購入した市販の出納帳をExcel化するうちに、それを科目ごとに集計すればいいことに気が付いた。
月ごとに集計したり、科目ごとに集計するが、結局のところ最終損益を確定し、それに基づく申告と納税することが目的だ。
株式会社であれば、税引き後の剰余金を株主に配当するのが目的だが、非営利法人であれば剰余金は翌期に繰り越されて、事業目的のために使われる。
会計処理の目的は、これらのプロセスに不正や間違いが無いようにすることであると同時に、そのことを開示することで外部からの信頼を得ることだ。
出納帳に記載した日々出入りするお金に、適切な勘定科目を割り振るだけで、事業に対する「収入・支出」とその他の「貸し借り」を「損益計算書」と「貸借対照表」に仕訳しながら集計できる。
僕は「貸借対照表」と「損益計算書」の書式をそろえ、1つの表にすることで、出納帳とも合体した1枚のExcelシートに辿り着いた。

だが僕は、教科書を読みもせず、先生から教わってもいないのに、どうして「このやり方で正しい」と判断できたのだろう。
そこには、実際にやるうちに見つけた多くの根拠がある。
まず、市販の出納帳は現金の出納管理に使ったが、銀行口座の出納は通帳と照合しなければならない。
ところが、銀行通帳と現金出納帳はほぼ同じ構造でできており、1つの表の部分として共存することができた。
また、これらの表には必ず「貸方」と「借方」の2列があり、出金を左側そして入金を右側に書くことですべての数値が「正数(負ではない)」になる。
その結果、全ての集計は加算(足し算)となりsum関数で集計できる。
貸借対照表はもちろんだが、損益計算書も支出側に「剰余金」項目を作れば、収入と支出は同額となる。
ここに「引き算」は存在しない。
複式簿記とは、「引き算を使わない仕組み」だと気づくことで、僕は自分の正しさを確信した。

この気づきについて、もう少し説明しよう。
入金と出金を分けて集計する複式簿記に対し、1列で管理する単式簿記では、足し算と引き算が混在することになる。
これを「マイナス表記すればいいじゃないか」とあなたは言うかもしれないし、確かにマイナス表記すればsum関数で集計できる。
だが、Excelがやっているのはあくまで足し算であり、引き算ではない。
考えてみれば、引き算とは足し算を瞬時に応用する高度な能力だ。
多くの国で、買い物をした際のお釣りは、購入した品物の価格にお釣りの金額を足し算して、渡したお金と同額になることで説明する。
僕は、日本のように暗算して一発でお釣りをやり取りする国を見たことが無い。

こうして「すべてを足し算で考えること」が、僕の「会計DIY」を可能にした。
「複式簿記は世界の常識」とは、「引き算しないのが世界の常識」と言い替えられる。
引き算もできない世界中の人がやっている「複式簿記」を、なぜ日本人は苦手に思うのか。
それは、「引き算できること」が邪魔をしているのかもしれない。
「できること」は、良いこととは限らない。
それは「できた気になってる」だけのことかもしれないからだ。
「判った気になってる」とか、「知ってる気になってる」も同じこと。
この罠から逃れるには、ひとまず「できない」に立ち戻り、そこからスタートすればいい。
だから僕は、「ど素人」をお勧めする。