借金よりつらいもの

先日T君が僕を訪ねて笑恵館にやってきた。

「用件は?」と聞くと「松村さん、お金を貸してください」と言う。

そこで僕はこう答えた。

「僕は以前、名古屋の有名な実業家の元で、借金を断る仕事をしていたことがある。だから、どういうことなのかよく説明してください。必ず納得がいく説明をして断ってあげるから」と、うつむくT君に語り掛けた。

T君はこれまで続けてきた活動の事業化を思い立ち、ついに株式会社を作ったとのこと。

友人たちと資本金を出し合い、新たな施設の開業に向け、物件を押え準備を進めてきたのだが、いよいよ敷金や家賃の支払いが始まる段になって資金が枯渇し、支払いの目途が立たなくなった。

開業のためには運転資金だけでなく設備投資も必要なので、金融機関と融資の交渉も進めているので、それまでのつなぎ資金を融通して欲しい・・・という話のようだ。

だが、資金繰りも作っていないため借り入れたい金額もはっきりせず、返済期日の目途も立っていない。

そんな人に金を貸すようなおめでたい人はこの世にいない。

そもそもなぜ株式会社を作ったのか、資本金はどうやって決めたのかと尋ねると、会社を作ったのは金融機関から借金をするためで、資本金は仲間で出せる金額で決めたという。

先ほど書いたこれまでの経緯にしても、僕が整理して書いているが、それを理解するのにずいぶん手間取った。

融資のための事業計画を見ると収支累計の欄は2月から赤字になっており、とうの昔から資金はショートしている。

この赤字は何なんだと尋ねたら、ようやく自分で補てんしてきたことに気付いたようだ。

ここまでの話を読むと、ひどい話だとあなたは感じるかもしれない。

だが、彼のような自己流起業家は決して少なくないと思う。

これまでの彼の行動力は評価に値するし、賛同・支援してくれる仲間がいなければ決してここまで来ることはできない。

だから僕は「安易に会社を作るな」とか「安易に借金をするな」と言いたいわけではなく、むしろ、これまでよく頑張った…と褒めてやりたい。

だが、彼のビジネスはとっくの前に破たんしている。

その原因は計画があやふやなことと、行動が計画に基づいていないことだ。

ビジネスは、目的実現のために忙しく頑張る(busy)こと。

だから、計画を立て、その通りやることが大切だ。

その理由は「ビジネスは失敗だらけ」ということ。

だから失敗が乗り越えられないほど拡大するのを防ぐため、「計画=うまく行くシナリオ」を作り、その計画から外れる度に立ち止まって軌道修正する必要がある。

もう一つの間違いは、その計画を秘密にし、ビジネスをこそこそやろうとしたことだ。

今回の問題を関係者に相談できず、何も知らない僕のところに持ってきたのはそのためだ。

部外者からおカネを借りようとするのは、ビジネスに何か嘘がある証拠だ。

これこそが破たんの正体であり、カネの問題など些末なことだ。

僕はこのことをT君にみっちり説明し、そして肝心なことを問い詰めた。

一体誰から逃げて僕のところにやってきたのか。

そのカネは一体誰に払うべきカネなのか。

T君は姿勢を正し「わかりました。ちょっと電話してきます」と言って外に出て、庭の隅で携帯をかけ始めた。そして10分ほどたったころ、吹っ切れた顔をしてやってきて「松村さん、話が付きました!。しばらく待ってくれるというので、僕頑張ります。」と笑顔が戻った。

「納得のいく説明をして借金を断る」と最初に言ったのは、こういうことだ。

T君は何かを買うためのカネを借りに来たのではなく、誰かに返すためのカネを借りに来た。

カネを返せない時に初めにすべきことは、まず相手に謝罪し、その上でその後の対処を相談することだ。

その上で「誰かに借りてこい」と言われたのであれば、それはその人の指示であり、その人がカネを借りるのに等しいはず。

ところがT君は相手に謝罪するのが怖くて僕のところに借りに来た。

僕が許せないのはそのことだ。

きっとT君は、僕に対しても返せなくなり、また他の誰かに借りに行くだろう。

多くの借金がそんな責任逃れと先送りの産物だ。

そんな奴にビジネスはできないし、返済など不可能だ。

T君は「おかげさまでスッキリしました!、初めに松村さんのところに来て正解でした、ありがとうございます。」と言って元気に帰っていった。

さっきの電話で借金が無くなったわけではなく、本当は何も解決していないのに、T君がこんなに元気になったことこそ、問題の核心が「おカネ」ではなかった証だと僕は思う。

「失敗」が辛いのではなく、「それを隠し抱え込むこと」が辛いのだと、知って欲しいと僕は思う。

課題を抱えた土地を放置している人が、そのことを「抱え込まずに開示すること」で社会を変えたいと願うのも、僕にとっては同じことかも知れないと、T君を見送りながら僕は思った。