やっていない未来

文法の時間に習った「動詞の活用」ことをちょっと思い出してほしい。

未然・連用・終止・連体・仮定・命令・・・そう、これのこと。

連用と連体は、次に用言が来るか体言が来るかの用法なので除外すると、未然は「まだ」、仮定は「もしも」、命令は「やれ!」となり、いずれも「まだやっていない」こと。

残った終止は終わっているのかといえば、「やる」つまり「これからやります」という意味で終わっていない。

要は、すべての動詞はまだやっていないことについて「これからどうするか」を言っている。

アインシュタインが「電車に乗っている人は外から見れば走っているが、乗っている人は止まっている」と説いたが、動詞も全く同じで、外から見ると喫煙者でも、本人はこれから禁煙しようとしているのかも知れない。

未来とは、このままで居続けるか、何かを変えるかのいずれかだ。

それについて、まだ・・・と悩んだり、もしも・・・と迷ったり、やろう!・・・と奮起したり、やる・・・と決めたりすることが「動詞の仕事」というわけだ。

今現在全力で走っている人にとっては、やり続けることが大変だし、今なにもしていない人にとっては、何かを変えるのは大変だろう。

でも、その人がいつかはやらなければならないことは、何かを始めるか、やめるかのどちらかしかない。

禁煙がそうだったように、やめることも始めることの内。

まだやっていない未来を、何から順にやるかを選ぶのが、今やるべきことに違いない。