B01.経営者は倒産を覚悟せよ

私は4年前に創業者の父の跡を継ぎ、都内で建設会社を経営しておりました。この会社のメインバンクが昨年6月に経営破綻に陥り、8月には弊社も倒産に至りました。当然、私は全ての資産を失い裸同然になりましたが、10月には新会社を興し、再スタートを切りました。残った30人の元社員達と倒産時の仕掛かり工事をやりながら、同時に管財人の元での破産処理も進めていきました。 “B01.経営者は倒産を覚悟せよ” の続きを読む

B03.情報開示

七月二日金曜日の朝、私は役員全員を集めて話を始めた。すでに資金繰りは逼迫し、新規の顧客や下請けの一部に信用不安が広がりつつあることを説明し、「今日の安全大会を、会社状況説明会に切り替え、会社の実状を発表したい」と。 “B03.情報開示” の続きを読む

B04.営業譲渡

メインバンクが破綻したとき、私は「すでに自力で維持できない会社になっていた」ことに気がついた。「もしもメインバンクが潰れたら」というリスクに対処できる会社こそが自立した会社であることを、理屈では知っていた。だからこそ、私はこのことにすぐ気がついた。すぐさま私は新たな資金源を求め、「営業譲渡」の道を模索した。メインバンクの動向に関係なく業務を継続するためには、他の方策は考えられなかった。 “B04.営業譲渡” の続きを読む

B07.手形 銀行

メインバンクの破綻と同時に弊社の手形に対する不安が始まった。「○○銀行では**建設の手形を割らないようだ」といった噂が広まり、問い合わせの電話がかかるようになった。私がその銀行に電話して、「御行では弊社の手形を割ってくれないと伺ったのですが本当ですか」と尋ねると「そんなことはございません」との答え。でも私は「銀行は嘘をつく」とこの時感じた。決して銀行を責めているのではない。私だって行員だったらとりあえずそう答えただろう。人がすべて本当のことを言う訳ではない。信用不安とはそういうものだ。 “B07.手形 銀行” の続きを読む

B08.Xデイ(計画倒産)

平成11年7月2日の情報開示以後、1度の定時支払と2度の手形決済をおこなった。その都度、興信所などから「○○日が御社のXデイかという問い合わせがあるのですが、どうなんですか?」という電話がかかってきた。私は「その時が来たらきちんと発表します」と答えたものの、本当はよく分からなくなっていた。「会社は潰れるが、仕事は続ける」と言った私の言葉は、当初は相手にされなかったが、次第に現実味を帯びてきた。仕掛かりの工事は全て別会社に契約を移し、我々はその下請となって現場を守っていた。換金できる資産は全て売却し、ついに従業員も全員解雇したが、会社はまだ業務をしていた。 “B08.Xデイ(計画倒産)” の続きを読む

B09.取り立て、暴力団

企業が債務超過に陥ったとき、「倒産覚悟」は絵空事ではなくなる。不良債権の処理に苦しむ日本経済の現状を見るに付け、「倒産回避」とは「債務超過からの逃避」と言わざるを得ない。債権債務のバランスを見るための貸借対照表が、過大な債権と過小な債務で埋め尽くされ、多くの企業で、経営者が自分の頭を粉飾している。 “B09.取り立て、暴力団” の続きを読む

B10.破産

平成11年8月2日。弊社は債権者説明会を自主的に開催した。換金できる資産をほとんど支払いにあて、従業員をすべて解雇し、本社事務所まで明け渡してしまった弊社には、担保見合いの債権と未収金、そして膨大な債務だけが残った。はじめに情報開示した日からちょうど1ヶ月が経っていた。 “B10.破産” の続きを読む