B07.手形 銀行

メインバンクの破綻と同時に弊社の手形に対する不安が始まった。「○○銀行では**建設の手形を割らないようだ」といった噂が広まり、問い合わせの電話がかかるようになった。私がその銀行に電話して、「御行では弊社の手形を割ってくれないと伺ったのですが本当ですか」と尋ねると「そんなことはございません」との答え。でも私は「銀行は嘘をつく」とこの時感じた。決して銀行を責めているのではない。私だって行員だったらとりあえずそう答えただろう。人がすべて本当のことを言う訳ではない。信用不安とはそういうものだ。

手形は、支払いの繰り延べだけではなく、銀行からの資金調達にも使われる。財務の悪化に伴い手形貸付は固定化し、期日がくれば金利を支払って書き替えるようになっていた。経営計画の中でも金利だけが計上され、もはや返済予定のない「自分の金」になってしまっていた。受注さえあれば、資金繰りはいかようにも取り繕われる。大多数のゼネコンはにたような状況に追い込まれていると思う。バブル崩壊直後には実質無借金だった財務内容が不景気の名の下に極端な債務超過となっていた。弊社が不良債権化するのを恐れたメインバンクの楽観的な見解を、銀行のお墨付きと勘違いした盲目経営のなれの果てだった。

結局、信用不安の正体は、他でもない弊社の経営破綻そのものなのだと私は知った。しかし、社内の経営スタッフは誰一人それを認めない。「社長、諦めては駄目だ。銀行もきっと支援してくれる」と口を揃える。自分の破綻処理に追われていたメインバンクの担当者も「管財人は現状の残高を維持すると言っていますので、再建計画を作りましょう」と調子を合わせる。この人たちは、最後の最後までお互いを慰め合うつもりなのか。こうした銀行依存のやり方が常に問題を先送りし、会社を駄目にしたのだ。「社長、私がやります」という言葉は、最後まで聞くことはできなかった。

メイン以外の銀行からは担当者が頻繁に来社した。話は、「うちの返済だけはお願いします」とか、「どこの銀行に対しても交渉に応じないでください」という内容だったが、最後には「うちに引き金を引かせないでください」といい出す人がいた。「引き金って言うのはどんなことですか」と尋ねると、担当者はこんな話をした。「社長は何でも話してくれますが、銀行も疑心暗鬼になると間違いを犯すと言うことですよ。例えば手形の決済日には数行から同時に支払いが行われますよね。この時、本当に他行では支払いが行われているのか、決済資金は足りているのかといった心配があるわけです。1円でも足りなければ不渡りになるのですから、心配で決済したくなくなるんですよ」。「それで決済しないんですか?」と尋ねると、「そういうことも起きると言うことですよ。もちろん担当者は処分されましたが」と彼は不気味に笑った。最後の手形決済の日、3行で手形の決済をしたが、某都市銀行だけが昼過ぎになっても支払いを始めなかった。私は担当者に電話をし、「あなたが引き金を引くのならば、これから乗り込みますよ」と告げた。

破産後に立ち上がった新会社は、借入もできず、手形も発行できない。キャッシュフローそのものが財務のすべてとなり、資金繰りは工事部の仕事になった。資金が足りなくなったときは集金をするか、支払いを押さえる。経営は原点からやり直しだ。

今回はここまで。次回は「キーワードその7:Xデイ」についてお話しします。

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