B06.労働債権 解雇

 

ほとんどの社員は、社外の方たちと同時に会社の危機を知ることになった。社内では経営の行き詰まりについての議論がそれ以前からなされてきたのだが、この時初めて「議論」が「現実」に変わった。

メインバンクの破綻に見舞われた弊社はその点では被害者ではあるが、自分も破綻してしまえば加害者になる。会社の構成員たる社員は当然加害者として社外から誹りを受けるが、同時に職を失う被害者でもある。しかし、背中合わせの2つに立場をあえて切り離して考えなければ事態は打開できない。そこで、私は協力会社に要請したときと同じように、社員達にこう求めた。「社員の安全と生活を守るために会社が出来ることは何でも提案して欲しい。」と。これに対し、一部の社員が「こんなに突然会社が潰れるはずがない。社長が会社を潰そうとしている。社長は元々会社を続ける気がないんじゃないのか。」と猛烈に反発した。しかし私は取り合わなかった。今は「会社が潰れるかどうか」ではなく、「会社が潰れたらどうするか」を論じているのだから。

労働債権は税金の次に優先される債権ではあるが、それは法的な整理段階に入った後の話である。「業者への支払と社員の給与とどちらが大切か」という問いに対し、私は今でも答えられない。社員の家族と下請の家族とどちらが大切かは比較のしようがない。何度もいうように、「約束通りの順序で支払を実行すること」だけが私の拠り所だった。そして結局は「正規な手続きに基づく解雇」こそが、社員に対して会社が出来る唯一の誠意ある対処であることが分かってきた。

「解雇」という言葉が会社の誠意であることは、以外にもほとんどの社員の理解を得た。「労働債権」などという権利の上にあぐらをかいてはいられない。しかし、一時金と退職金を全て支給するのはとても無理だ。業者に対する支払はもちろんのことだが、自らの債権を少しでも回収すべく未収金の洗い直しが行われた。こうした焦りの中で、さらに難題が持ち上がった。一部の社員が、退職金よりも「下請への支払を優先しろ」と言いだした。

会社の最後は近づいている。支払の度に「これが最後になるかも知れない」と考えることにより、「支払の意味」について夜毎議論が繰り返された。「下請と毎日つき合ってきたのは我々です。支払の金を退職金に回したりしたら2度と彼らと付き合えなくなります。」現場からの声は真剣だった。更なる回収を進めるしかない。JV工事の出資金を回収するために解約を申し出るなど万策を尽くした上で、もう一度手形の決済をし、残りを退職金の一部として支給することで決定した。

7月20日。新しく制定された「海の日」が退職一時金の支給日となった。全社員一人一人に順次現金を手渡しながら言葉を交わした。受取を拒否するものは一人もいなかったが、誰もが言葉少なだった。企業は人なり。業務はまだ継続するが、事実上今日で40年の会社歴史が終わった。

翌日、解雇された「元社員」たちは、ほぼ平常通りに出社してきた。席を並べる社員が一人は業務連絡に走り、もう一人は私物の整理を始めるという状況だった。私の呼び名も「社長」から「松村さん」に変わった。でも、社内には何かすっきりした空気が感じられた。「企業の死と誕生」が同時に起きることを私は身体で感じていた。

今回はここまで。次回は「キーワードその6:手形 銀行」についてお話しします。

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