ワークライフバランスの行方

ワークを[働く]、ライフを[生きる]と置き換えると、[働くと生きるのバランス]って何だろう。そもそも「ワークライフバランス」は、[働いていない人]と[生きていない人]が生まれたことが発端なのではないかと、僕は気づいた。昔に比べると、現代社会においてこういう人が明らかに増えている。確かに「職住分離」や「育児休暇」など企業ではその象徴的な現象が起きているが、そこは決して「ワークライフバランス」の主戦場とは思えない。この問題に対し、どこか[他人事]的な感情を抱く原因はそのあたりに有るような気がする。多くが語られている企業や職場という枠から飛び出して、社会全体を概観する議論をしてみたい。

問題の一つは[働かない人の増加]だ。その根底には働きたくないという願望がある。豊かさの一つの定義が[働かなくてもよい状態]のため、働かないことを目指すことは悪ではない。様々な理由で働けない人もいるので、いつしか[働かなくてもよい]という社会の合意が作られたように思える。現に[働けるのに働かない人]に対しても社会は寛容だ。「働く意欲を持てる社会に」などという意味不明の言葉もまかり通っている。

もう一つの問題は、[生きていない人]の増加だ。これは[死んでいる]のはないが、[生き生きとしていない]とか[生きている価値が無い]ことを指す。死なないことが価値とされ、安全や医療はそれを目指しているが、死なないことが生きることではないだろう。むしろどう生きれば死んでもよいか、死よりも価値のある生を求めること・・・言い換えると「どう死ぬか=生きること」と僕は思う。

働かないことは豊かさ、生きないことは死なないこと、この二つの価値観が混然と複合し、働いていない人と生きていない人の増加を許容し、是認し、促進している。うつや引きこもり、育児や介護の負担、貧困やハラスメント、コミュニティや家族の崩壊など、今社会問題と言われるおよそすべてが「働かず死なない」という「夢」によって許容されているとするなら、それは何と皮肉なことだろう。僕らは自ら望んで悪夢を見ていることになる。

ふと気づいて、[豊か]を辞書で引いてみた。

【豊か】

①(好ましい事物が)十分に備わって不足のないさま。豊富。
②財物が十分あって恵まれているさま。富裕。
③精神的にこせこせせず,ゆとりのあるさま。おおらかなさま。
④肉づきがよいさま。豊満。
⑤基準・限度を超えて十分にあるさま,余りのあるさまを表す。
案の定、かなり怠惰で腐ったイメージだ。一部の人には許されるかもしれないが、社会の全員がこうなったとしたら、それはひどい世の中になることは目に浮かぶ。つまり今の現実がまさにそれ。豊かになった結果にすぎない。

だから僕は[働かず、死なないこと]など目指さず、[働いて、生きること]を目指したい。もし、ワークライフバランスの議論が「どうすればあまり働かずに死なないでいられるか」に帰結するようであれば、僕はまるで興味はない。そんな議論を覆すための活動であるべきだし、働き・生きることを分けて考えること自体無意味なのだから、最後にそのバランスは消滅するのだろう。

その逆は何だ

何かを説明しようとするとき、特にそれを一言で言おうとするときに、その言葉の意味が説明と違っていては話にならない。そこで[まさにこれ!]と思える言葉を探して使うのだが、それを相手がその意味で聞いてくれるかどうかが問題だ。たとえば[僕は自由だ]という気持ちを伝えたくても、この言葉にはいろいろな意味があり、それを絞り込むために説明を加える必要がある。「大人だから自由」とか、「考えるだけなら自由」などがそれだ。一緒に行動し、思いを共有していれば、余計な説明など不要で[自由だ]の一言で足りるかもしれないが、知らない人に伝えるためにはこの補足説明が必要になる。

さて、この説明とはなんだろう。[大人だから]とか、[考えるだけなら]はなぜ聞く人の理解を助けるのだろう。[大人だから]とは、[子どもではない]という意味、つまり[子どもでは得られない自由]を指している。[考えるだけ]も同様に、[考えるだけでなく実行するといけない自由]というような意味にとれる。いずれにも共通しているのは、[どのような自由]を説明するには[どのようでなければ不自由でない]のようにその自由の逆を示すことで、伝えたいことを浮かび上がらせている。

さてここからが本題。[逆]の関係には[善悪]、[成否]などがあるが、相対する二つの言葉は対等とは言えない。善や成には良い意味が、悪や否には明らかに悪い意味がある。数学でA≠Bなどと使うAやBには良し悪しなどないのに、現実の言葉にはなぜこんな意味が付きまとうのだろうか。(こういうことに疑問を感じるのが僕のくせだね) この話のきっかけは、一昨日笑恵館で食事をしていた時、左利きのYさんが「小さい頃、左利きを親からとがめられたのは理不尽だ」という言葉から、先日の[権利と権理]の話がつながった。「[権理]は[right]の訳語だ」という話を一緒に聞いていたK君が、[right]の方に反応し、「どうやら調べてみると、右には正しいという意味があり、左には間違いという意味があるらしい。」というのだ。

今度は僕が反応した。僕はノーベル物理学賞を受賞した朝永振一郎博士の著作「鏡の中の世界」のなかで、「人間が鏡を見て【左右が逆だ】と感じるのは、見えている増が左右反転しているからでなく、自分が左右対称にできているからだ」と書いてあったのを思い出した。人間は上下と前後を間違える人はいないが左右は対象にできているので同じだと考えようとする。だから、正面を向いて立っている鏡の中の自分は、向こうからこちらを見ているのだから前後反転しているのに、明らかに反転している前後関係は脳が補正してしまい、紛らわしい左右が反転していると言い聞かせてしまうらしい。だから、[右が正しくて左は間違い]とか、[左利きが叱られる]というような【左右に違いに意味がある】という話はとても新鮮で驚きを感じたのだろう。

実際、上下と前後には、明らかに意味がある。前や上には良い意味があり、後や下には悪い意味が感じられる。しかし前進や上昇ばかりし続けるわけにはいかず、後ろや下も必要だ。反対語に優劣や善悪があるのでなく、そもそも[優劣]や[善悪]自体が単なる[逆]を意味しているだけで、これらに意味をつけること自体が[自分の意見]なのではないだろうか。そんなわけで、僕は[その逆]を考えることを常に心がけている。[自分の意見]が何なのかを知る一つの方法として、そしてかなり重要な方法として。

4つの夢

今僕の頭の中に、以下の4つの問題があります。

このレターをどうしたかったのか?
このレターをどうしようとしているのか?
このレターを最後にどうしたいのか?
その後はこのレターをどうしたいのか?
これは、自分のやりたいことを過去、現在、未来、その後の4つに分けて考えるやり方で、今はこの考え方をビジネスにしようと模索中です。今日は、懸案のマインドレターについて、考えてみたいと思います。

【過去の夢    このレターをどうしたかったのか?】

僕はこのレターを変えたかったんです。変えるためには一旦辞めるのがいいと思いました。なぜ変えたかったのかと言うと、書きたいことがのびのび書けなくなったからです。「十分のびのび書いてたじゃないか?」と思われるかもしれませんが、とんでもない。やはり、名刺交換した方全てに送るとなると、かなり気を使い、言葉を選んで緊張して書いていましたが、そのことは問題ではありません。それが嫌なら、メルマガなどあり得ませんから。僕が窮屈になったのは、「マインドレター」というタイトルを含め、僕の「起業支援活動」という取り組みの枠組みに、どうしても自分を縛り付ける自分がいるからです。

そもそも「起業支援」とは「創業支援」に対峙する言葉で、初めて何かに取り組む「創業」を経験者がアドバイスするのでなく、新しい何かに取り組む「起業」を仲間としてアドバイスすることを意味します。今でもやっている「起業パートナー契約」は、「何かを一緒にやってみるなら、月額1万円で松村拓也が仲間になる」というビジネスです。僕は、より多くの新しいことをやるためには、より大勢の人と一緒に取り組んだ方がいいと考えて、誰とでも何でもやることにしたわけです。そして、100人の人と1万円で仕事をすれば、月収100万円の百姓になれる・・・なんてことを関府が得ていました。

でも、最近それは変化してきました。自分がやるべきことが見えてきたことがその原因です。

【現在の夢    このレターをどうしようとしているのか?】

3年前、まさにこのパートナーとしてTさんとのお付き合いが始まりました。(バレバレだけど一応イニシャルで)そして、この人の夢をかなえようと考えるうちに、僕の夢がむくむくと姿を現し、頭の中を占領してしまいました。つまり、僕自身の夢がはっきり見えてきたんです。50も半ばを過ぎ、自分の夢がくっきりと見えてくるなんて、正直言ってショックでしたし、疑いもしました。でも、これまで経験したことがことごとく役に立ち、これからやろうとしていることがすべて含まれてしまうような事業イメージだと分かるにつれて、「自分のやるべきこと」とはこういうことなのかもしれないと思い始めました。それが「ランドリソース」という事業です。

こうなると、これまでのスタンスとは立場が逆転します。僕はみんなのやりたいことに耳を傾け、自分の興味と組み合わせて協力するのでなく、僕の夢を発信し、自分のやりたいことと組み合わせて協力してくれる人を募りたくなってきました。「これまでだってそうだったじゃないか?」と皆さんは思うかもしれませんが、僕にとっては違うんです。これまでは、ひょっとするとあなたの役に立つかもしれないと思って、僕の経験やアイデアを書いてきましたが、これからは僕の思いついた「ランドリソース」を実現するために、皆さんの賛同を得るために書きたいんです。

その象徴として、「私」をやめて「僕」にしました。ベクトルの向きを変えたいんです。

【未来の夢    このレターを最後にどうしたいのか?】

このレターの究極の目的も見えてきました。それも今回の大きな変化の一つです。僕の力尽きるところまで書いて、力尽きたらそれで終わろうと思います。つまり、力が尽きるまで書くこと。考えたことをすべて書くことが究極の目的です。僕の頭には、今この問題に取り組むのに最適な回路ができている気がするんです。これまでやってきたことがすべて役立ち、これからやりたいことがすべて含まれている境地とは、まさに最適な状態のことだと思います。この状態がいつまで続くかわかりませんが、今僕がやるべきことは、今この瞬間にわかっていることや感じていることを、できる限りすべて「出力する」ことです。

だからもう、このレターを読む人の都合を考える気はありませんが、賛否以前に多くの人に理解していただく必要があるので、皆さんの反応はとても気になります。賛否の意見をたくさんいただき、修正の必要があれば、僕の最適回路で対応します。そこでは、とてもスリリングで面白い議論ができると確信しています。このレターを補完する、双方向のコミュニケーションが必要なのかもしれません。そんなことを考え、その準備もしなければと思ううちに時間が経ってしまいました。このレターの再スタートが遅れている言い訳です。

とはいえ、先日58歳になった僕の脳味噌と体力を考えると、残された時間はあまり長くないと考えるべきだと思います。先を急ぎたいと思います。

【永遠の夢    その後はこのレターをどうしたいのか?】

4つ目の夢は未来のその先、これを辞めた後の夢です。夢が実現した時、そのチャレンジは終わるわけですが、本当の夢は実現した後の状態のことなんです。僕は自分が力尽き、このレターもやめ、何もできなくなった後、そして死んだ後、「ランドリソース」という仕組みが世界の一部を変化させ、古いものと新しいもの、小さなものと大きなもの、強い者と弱いものが、生き生きと共存する新しいバランスの担い手となることを夢見ています。それを担ってくれるのは、間違いなく僕より若いみんなであり、みんながこれから生んで育てる子どもたちです。

もしかしたら、このレターが発掘され「なんと、21世紀初頭にこんなことを考えた人がいたのか?」なんてことになるかもしれませんが、ま、それが死後の僕の夢ですね。そうなるためには、何回死んでも惜しくはありません。

面白い と つまらない

旅は人生と同じ
目的がなくちゃつまらない。

このコピー、実は旅のことでなく、人生には目的が欠かせないことをキッチリと伝えているところが秀逸。
僕には「面白い」という言葉が大切なので、反対のつまらないも大切だ。

片付けはなぜ難しい

先日テレビを見ていたら、「あなたもできる片付けの極意」 みたいな番組の中で、

さんざん遊んで散らかしたおもちゃをテキパキと片付ける小さな子どもが登場した。

そしてこの子たちに片付け方を教えたという女性が登場し、片付けられない子供たち

は「片付けるという言葉の意味を知らない」のだという。

この言葉にびっくりして、僕は茶碗を落としそうになった。なぜなら「僕も知らな

い!」から。

 

「片付ける」には、整理する、きれいにする、何もない状態にするなど様々な意味が

ある。客が来たら慌てて「全部押し入れに突っ込む」のも片付けるの一種た。しか

し、それは本当の片付けるとは違う気がする。それでは、片付けるとは一体何なの

か! 僕は固唾を飲んだ。

 

子どもには「片付けようね」でなく「元に戻そうね」と教えました!

 

これには参った、なるほど、賛成だ。「元に戻す」なら、元の場所さえ覚えておけば

誰でもできる。それに比べると「片付ける」はかなり難しい概念だ。

しかし待てよ? 「難しい」とはどういうことか。

「簡単」と「難しい」の違いは何か。

もしも「時間や手間をかけずにできることと、時間や手間をかけなければできないこ

と」の違いだとすれば、できるようになるのを見守るのもいいだろう。だがしかし、

「大概の人ができるか、できないか」を指すのだとしたら、いくら待っても時間の無

駄で、別のやり方を考えなければ進まない。

つまり「片付ける」が難しいのは「学習や訓練を必要とするから」でなく「どうした

らよいかわからないから」という思い違いに僕は気づいた。

 

そもそもここを間違えると、「違うやり方=違う言葉」を探そうともしないだろう。

我々は、知っていることに挑んでいるつもりが「そうではない=知らないことに取り

組んでいる」ことがあるということだ。

「片付ける」を「元に戻す」に言い換えることで、その「元=片付いた状態」を考え

る必要が生まれ「整理」の概念も身近に感じられるようになる。

 

この謎解き作業は、自分の言いたいことややりたいことを言葉にする際の、極めて重

要な手がかりとなる。あなたも必ず、何かうまくいかないことを抱えているはずだ

が、それをいつも「何と呼んでいるか」を思い出してほしい。

そしてその言葉の意味を説明できるのか、その言葉を実行できるのか試してみる。

もしできなければ、その言葉以外の言葉を探すべきだろう。

もし難しければ、やはりその言葉以外の言葉を探したほうがいいだろう。

起業とは夢の実現へのチャレンジ

「起業する家」の第1号店「アントレハウス駒沢」を閉鎖する最大の要因は、「不動産賃貸物件」の制約にうんざりしたからです。その反動で、ランドリソースが始動するわけですから、結果オーライだったわけですが。でも、起業支援もあまりうまくいったとは言えません。半年間で起業するプログラム「アントレ起業塾」や、起業のきっかけを作る「アントレカレッジ」などいろいろ試みたり、アントレハウス自体をシェアオフィスにしてみたりしましたが、私の目指す姿は見えてきませんでした。

そんな中、次第に面白くなってきたのが「起業パートナー」というプロジェクトです。「業務内容を何も定めず、とにかく私を月額1万円で雇う」という起業パートナー契約を結ぶだけで、その人が求めることをその人の必要に応じて私が手伝います。面白くなれば私も夢中になるし、成果が上がらなければいつでも解約できます。現在15人がこの契約を継続中です。

このプロジェクトの魅力は、パートナーの皆さんが確実に成長していくこと。そしてその成長は一律ではなく、その人自身の夢に向かう成長だということです。多くの人が現状への不満から起業に思い至り、私の元にたどり着きます。この「不満」について丁寧に聞いてみると、「自分の夢に近づけない、あるいは遠ざかる自分」に対する不満であり、他人に対する不平ややっかみでは決してありません。

課題解決とは、課題解決後の世界を実現すること

そんな世界を実現するため、一人一人が自分の夢を理解し、人にも見せられるようになるためのお手伝いを最後の日まで続けていきたいと思います。初回相談は無料ですので気軽にお問合せを。

問合せ先nande@nanoni.co.jp担当:松村拓也

利益って、幾らあればいいんですか?

先日のマインドサイトは、【カネの話】ということでビジネスに関するお金の話をしたんですが、その中でこんな質問を受けました。

「利益って、幾らあればいいんですか?」

これに対し、私は次の2つのことを話しました。

 

1.利益は誰のものか?
貸借対照表の右側にはお金の出処を記載することになっていて、大別すると【負債】と【資本】の2つに分けられます。

【負債】とは借金のことで、これはいずれ返さなければならない他人(銀行など)のお金。

これに対し【資本】とは自己資金のことで、さらに【資本金】と【利益】の2つに分けられます。

この2つの違いについて、皆さんは考えたことがありますか?。

答えは「資本金=会社のお金」で、「利益=株主のお金」となります。

【資本金】は株主が会社に託したお金です。

ですから、会社をたたむまでの間は、株主から「資本金を返せ」などと言われることはありません。

でも【利益】は、配当の原資・・・つまり株主の取り分です。

利益全てを配当してしまうことはないので、「会社と株主が分け合っている」などと勘違いする人がいますが、「会社に留保=蓄

積している利益」は、あくまで「業績が悪化した際の配当原資」であって、会社の運営や従業員のためのお金ではありません。ですから、利益がいくら必要か…は「株主が決めること」なんです。

れないようにし。

そして、この【利益】には「法人税」という税金がかかることも。

会社と個人事業の違いは、このあたりにあることがお分かりいただけると思います。

(わからない人は、マインドサイトに来てください)

 

2.利益がないとどうなるか…赤字の意味
利益がない状態とは、「入金と出金が同額=+-ゼロ」または「赤字=マイナス」のことを言います。

実はこの「赤字」というのは、帳簿上・理論上の話であって、現実にはあり得ないことなんです。

例えば銀行預金は絶対に赤字にはなりません。

残高が-3,000円などあり得ないことです。では現金はどうでしょう。

今私の財布はマイナスです・・・などあり得ません。

たとえ財布に穴が開いていてもゼロ以下にはなりません。

つまり赤字とは、先ほどの3つのお金でいうと、
①借金している状態、
②元手を食いつぶしている状態、
③払うべきお金を払っていない状態、
のいずれかということになります。

いずれも「マイナス」で表示されるべきお金ではなく、必ず解消されなければなりません。

 

ビジネスは、赤字ではいけないし、かといって利益は会社のモノではありません。

結局利益は、ビジネスそのものの価値を測る目安ではないといえるでしょう。

 

マインドサイトでは、ビジネスに関する素朴な疑問に対し「本質的な答え」をお返しするように心がけています。

あえて悪い話をしよう(夢高校から)

およそすべてのビジネスには「契約」がつきものです。皆さんも、何らかの形で契約書に署名された経験をお持ちだと思いますが、そこには何が書いてあったか覚えてますか?

契約書には、契約の目的や方法、期限などの「契約内容」の記載のあとに、必ず「解約条件」や「違約条項」そして「免責事項」など、契約の実行を阻害する「ありとあらゆる悪い想定」が書いてあります。これは決して契約相手を疑ったり、恐れているからでなく、双方が考えられる悪い状況をあらかじめ想定し、それに対する対処法を事前に取り決めるためであり、契約の履行に全力を尽くそうという双方の決意の表れだと思います。ところが現実社会を見回すと、このビジネスの基本原則がかなりいい加減に扱われています。

東北大震災・原発事故以来「想定外」という言葉が頻繁に聞かれますが、これがいい例です。原発の建設は、国と原発事業者が地域住民を巻き込んで進めてきた巨大ビジネスですが、その契約がいかにいい加減なものだったのか、容易に想像ができます。

巨大津波を想定しない海岸の原発は、交通事故を想定しない生命保険のようなものです。まだ続く海水汚染の問題に対しても、とても最悪を想定しているとは思えません。このまま太平洋全体を汚染してしまった時、私たちは世界に対し、何と申し開きするのでしょう。

こうした状況を生み出す原因は、私たち自身にあります。それは「いやなことは考えたくない」という私たち自身の本能に由来します。たとえば「一人暮らしの老人が餓死しているのに誰も気づかず1か月後に発見された」というニュースを聞くと、「気の毒だ」とか「自分ならそうはならない」とは考えますが、「餓死したの自分だったら」という悪い想定はなかなかしません。そこで、先日の「ナマイキ高校生養成講座」で、あえて受講生の皆さんにこのことを訪ねてみました。「あなたにとって、『餓死』とはいやな死に方だろうか?」と。

餓死をするかしないかで言えば、餓死したいという人はいないでしょう。でも、「餓死」と「他の死に方」を比べてみようとなると、話は違います。事故で突然死ぬより、病気で苦しんで死ぬより、自分で場所を選んで静かに死ねるなら悪くないかもしれない…という話になりました。

悪いことは起きるより起きない方がいいに決まっています。でも「悪いことは起きない」という前提だけでものを考えるのは、ただ可能性や選択肢を減らしているだけではないでしょうか? 乱暴に言えば、すべての選択肢の「半分」を失っているのかもれません。

これから大人になる高校生諸君! いいことと悪いこと・どちらも果敢に想定し、これまでの2倍の視野をもって、2倍の選択肢のなかから君たちの未来を選べばいい!

と、僕は叫びました。

 

ナマイキ高校生養成講座 最終日は8月27日

http://setagaya-school.net/Event/8328/

問い合わせ先 nande@nanoni.co.jp 松村まで

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≪後記≫

先日4000本安打を打ったイチローが、3999本目と4000本目は同じ価値だけど、周りの人たちが特別な時を作ってくれる・・・と言ったのを聞いて、4000本全部を打った当人ならではの言葉だし、イチローはいつもこうだなって思いました。

灼熱地獄の夏も、ようやく終わりに近づいてきたような。夜もエアコン無しで眠れるようになってきました。でも、節電の話はどこに行ってしまったのか? 社会に「一貫性」が感じられないのは気のせいではではないと思います。

色々なプロジェクトに首を突っ込み、調子のいいことを吹いて歩いている僕にとって、この一貫性はすごく大切なことなんです。僕にとっては、一貫性こそが自分自身なのかも。だから「一貫性の無さ」には敏感に反応する自分を感じます。

では逆に、今の社会で何が一貫しているのか? それこそが社会の本心、本音なのかもしれません。ちょっと思わせぶりですが、皆さんどう思いますか?

ではでは!

夢高校とは何か?

本来違うことをやりたいと願うなら、それぞれ違うことを学ぶ必要があります。

そこで私たちは、学びたいことを「国語・算数・理科・社会」に分解するようになりました。教科とは、それを学ぶことが目的ではなく、それを使って学ぶための道具です。そうすることで、「違う目的のために共に学ぶ場=学校」が生まれました。

ところが、自分のやりたいことに関する自覚にはかなり個人差があります。

そこで小学校と中学校は義務教育とし、社会が定めたことを教科ごとに学びます。自分のやりたいことを学ぶ時に備えて、「教科という学び方」を学ぶ時期です。そして同時に、自分が何を学びたいのかを考える時期でもあるわけです。

しかし、高校からは違います。

与えられる学びでなく、自分のやりたいことを学び始めなければなりません。そして大学へ、社会へと巣立っていかなければなりません。さもなければ、義務教育でない高校には行く必要すらありません。

【夢高校】は、「自分のやりたいこと=夢」を学ぶ3ヶ月間の学校です。

「自分のやりたいこと」を他人や自分に説明できるようになることが目的です。そために、小中学校で学んだ「教科」を使って、あなた独自の学習プログラムを提供します。「自分のやりたいこと」というチケットを携えて、社会へ、世界へ巣立って行こう!!

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先日のレターでお話した「学校プロジェクト」が、形になり始めました。

「教科は、意外と面白い!!」という気付きから、私なりの再構築をしてみました。

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A.ことばと表現に関する学科

1.国語 ことばで感じる・表現する

2.美術・音楽 ことば以外で感じる・表現する

B.頭と作ることに関する教科

3.算数 頭の中で考える・つくる

4.技術 頭の外で考える・つくる

C.ヒトと世界に関する教科

5.社会 ヒトの世界の仕組み

6.理科 ヒト以外の世界の仕組み

D.からだと行動に関する教科

7.保健・体育 からだの内部・運動について

8.家庭 からだの外部・生活について

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こうしてみると意外なことが判ります。それは、

・意外な教科が補完しあっていること

・8教科の必要性、重要性は、いずれも対等に思えること

今後は「7月開校」を目指して、このプロジェクトを広めていきますので、ご協力お願いします。

義務教育を終え、社会に巣立って行くべき「高校時代」を、抜本的に面白くしていくために、「教科」という概念を使って、学校で学んだ経験と実社会やビジネスをつないで行きたいと思っています。

皆さんのご意見、ご質問など、大歓迎です。

A1.起業編 はじめに

起業編で学ぶのは、「事業目的が実現した時のこと」を自分の頭の中で考えるやり方です。もしもあなたが、始める前から「それは無理」というなら、それはあなたにやる気がない証拠。まずはその点を自分に問いかけてみてください。当面「実現する気のない目的」は、この塾では取り扱いません。必ず「実現を前提とする目的」を用意してください。 “A1.起業編 はじめに” の続きを読む

A3.地域編 はじめに

地域編で学ぶのは、あなたのやりたいことが社会とどんな関係にあるかを考えるやり方です。もしもあなたが、「社会にはあまり興味が無い」というなら、それはあなたの目的を社会と共有する気がない証拠。まずはその点を自分に問いかけてみてください。「社会にアピールする気のない事業」は、この塾では取り扱いません。必ず「普及を前提とする目的」を用意してください。 “A3.地域編 はじめに” の続きを読む

A4.創業編 はじめに

創業編で学ぶのは、あなたにとって初めてのチャレンジでも、誰もが経験することなら貪欲に学ぶやり方です。もしもあなたが「経験者の知恵などあまり興味が無い」というなら、それはあなたの学習意欲がない証拠。まずはその点を自分に問いかけてみてください。「謙虚に学ぶ気のない人」は、この塾ではお相手しません。必ず「知ったかぶりをしない素朴な疑問」を用意してください。 “A4.創業編 はじめに” の続きを読む

A11.what:具体と抽象

5W1Hの中で、「What(なに)」は特別な疑問です。
「なぜ」は理由を、「どのように」は方法を、「だれ」は人間を、「どこ」は空間を、そして「いつ」は時間を訊ねる疑問ですが、「なに」は一体何を訊ねているのでしょう。例えば「あなたは誰ですか?」と問われたら、「松村です、この塾の主催者です」でよさそうですが、「あなたは何(何者)ですか?」と問われて、「別に怪しい者ではありません」と応えればそれでいいのだろうか。 “A11.what:具体と抽象” の続きを読む

A13.who:人間と相手

人間とは私たち自身のこと。私たちは、自分自身から世界を考えるだけでなく、相手の身になって物事を考えることができます。相手が何を感じ、何を考えているかを知ることができれば、そんなことをする必要はありませんが、残念ながら私たちにはそれができないので、「自分がもしも相手の立場なら…」と想像するのです。もしも自分が相手に褒められてうれしいなら、相手も自分に褒められればうれしいかもしれません。 “A13.who:人間と相手” の続きを読む

A14.where:空間と部分

空間という言葉は、部屋などの場所を指す言葉ですが、私たちは部屋の中にいるから部屋を空間と感じるのであって、外に出ればそれは建物というモノです。ですからここでは「世界を構成するあらゆるモノを指す言葉」ということにします。全ての空間とは「世界全体」と「世界すべて」のことです。全体とすべては同じものですが、全体が1つであるのに対し、全ては全数のこと。例えば、人類という種類は1つですが、その数は70億人です。 “A14.where:空間と部分” の続きを読む

A15.when:時間と現在(編集中)

時間とは変化を表す言葉です。変化という現在を境にして、それ以前を過去、それ以後を未来と呼びます。この世界がどのように始まり、そのように終わるのかを私たちは知る由もありませんが、私たちが何かを感じ・考え・体験するのは、すべて時間の中の営みであり、もしもこの世に時間=変化が無かったら、それは何もないことに等しいと思います。

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A2.交流編 はじめに

交流編で学ぶのは、自分のやりたいことを、自分や周囲の人々に伝え、賛同を得て動かすやり方です。コミュニケーションの基本は、相手の身になって考えることですが、ここで必要なことは、相手があなたの身になって考えてくれるようになることです。そのためにまず、あなた自身があなたのことを知ることから始めます。自分を知らなければ相手に自分を知ってもらうこと奈で出来ません。 “A2.交流編 はじめに” の続きを読む

A21.二人の自分

あなたのやりたいことを他人に伝えるためには、その内容を理解してもらう前に、それがあなたの本心だと思ってもらう必要があります。そのためには、あなたは一体どうすればいいのかを、ご一緒に考えてみましょう。

自己紹介の内容を相手に応じて変えるのはなぜか? それは、あなたに関する「伝えるべきこと」が、相手によって違うからです。 “A21.二人の自分” の続きを読む