A15.when:時間と現在(編集中)

時間とは変化を表す言葉です。変化という現在を境にして、それ以前を過去、それ以後を未来と呼びます。この世界がどのように始まり、そのように終わるのかを私たちは知る由もありませんが、私たちが何かを感じ・考え・体験するのは、すべて時間の中の営みであり、もしもこの世に時間=変化が無かったら、それは何もないことに等しいと思います。

時間とは過去や未来のこと。私たちは、自分自身がいる現在を考えるだけでなく、過去や未来も自由に考えることができます。実際に過去や未来に行くことができれば、そんなことをする必要はありませんが、残念ながら私たちにはそれができないので、「自分がもしもその時に居たら…」と想像するのです。もしもこれからやることを将来後悔しそうならなら、今やるのはやめておいた方がいいかもしれません。考えてみれば、私たちが何かを始めたり辞めたりするときは、過去や未来の何かから必要を感じて思い立ち、その行動がもたらすであろう未来やその未来から振り返った過去などを行き来してから決断します。ですから、私たちはいつも自分の過去や未来の重圧と、戦いながら生きている気がします。

しかし同時に、このことは「私たちが時間を自在に行き来できる」ことを意味します。絶対に変わることのない過去から真実を学ぶことができるし、何も決まっていない未来を自由に描くことができます。さらに言えば、これまで知られていなかった過去を見つけることもできるし、自分の描いた未来を実現することも可能です。つまり、「過去と未来」を使って、実現したい世界を自在描くことができるわけです。そこで私は、「過去と未来」という言葉から、実現に関する5W1Hを説明することにしました。この講義では、宿命や運命のような時間の重圧から抜け出して、時間の世界を理解する方法について考えます。

 

A15_1. 思いと現実(what)

思い:幸福、自由、美徳
現実:現在、未来、過去

私たちにとって、現実の時間は「現在」しかありません。私たちの身体は常に現在に居て、過去や未来に行くことはできません。過去の光を見たり、音を聞くことは可能かもしれませんが、それは過去に行けることではありません。相対性理論のいう時間差が生じることがあっても、その人自身が過去や未来に行けるわけではありません。ところが、現在は次の瞬間に過去となり、常に新たな未来が現在として訪れます。例えるなら、私たちは過去から未来につながる川を常に下っているようです。「心ここにあらず」とはよく言ったもので、現在を思うことは不可能で、私たちの思いはいつも過去と未来を行き来しています。そこで、あえてこの世界を「思い=主観的な世界」と「現実=客観的な世界」に分けて、時間とは何か、過去と未来とは何かについて考えてみます。

客観的な世界には、現在しか無いことは先ほど述べたとおりです。現実は、次の瞬間「過去の事実」となって記録や記憶の中に残ります。この記録や記憶は、世界のすべてを網羅するものではなく、極めてあいまいで不正確です。時が経つにつれ、さらに不明瞭なものとなり、記憶からも忘れられていきます。一方、未来は刻々と現実になっていきます。次の瞬間、次の未来のほとんどは、現在の継続や繰り返しです。地球は自転しながら太陽の周りを公転し続けていて、昼と夜が繰り返されます。でも、自分の未来は自分の意思で変化します。朝起きるのか寝坊するのか、出かけるのか家にいるのか、人に話しかけるのかやり過ごすのか、未来のすべてが未定です。

主観的な世界には、現在はありません。現在を生きる自分の肉体を介して感じる感覚だけが現実で、そこから生まれる思考からみれば、その感覚はすでに過去の経験となってしまいます。経験からの学習を踏まえて作られた未来予定の多くは、ルーティンとして繰り返されますが、一部の計画はある特定の感覚に基づいて始められ、終了します。こうして、感覚による経験は過去の記憶として蓄積され、自分自身の世界観を構築します。そして、未来の計画立案に際し、頻繁に参照されます。

A15_2.経験と願望(why)

頭の外:今起きていること、これから起きること、すでに起きたこと
頭の中:今の喜び、これからの可能性、これまでの貢献

主観的な世界は、過去の経験=記憶の蓄積で出来ていますが、頭の中では「過去のいつ」にでも行くことができます。したがって、記憶の中の過去に行くと、それ以降の過去の記憶が「そこから見た未来」となり、現在までの経緯を未来として見ることができます。したがって、現在とよく似た状況を過去のどこかに見出せれば、そこから見える未来を参考にして、現在からの未来を自分なりにイメージすることができます。「歴史は繰り返す」、「経験が将来に役立つ」とは、このことを意味するのだと思います。

こうして描いた未来のイメージ未来を「願望」と言いますが、実現とは「願いが叶うこと」であり、まさに主観的未来が客観的未来をもたらすことと言い換えてもいいでしょう。このように、実現にとって欠くことのできない未来の「願望」を、過去の「経験」から生み出すことが、「いつ(when)」を考える理由であり目的です。それが望ましい経験であれば、その再現を願うでしょうし、悔やまれる経験であれば、その克服を願うでしょう。

しかし、その経験の良否はどのように決まるのか。それは経験の当時ではなく、現在の状況で判断される。過去の辛い経験を現在克服できているならば、新たな辛さも克服できる未来を描けるだろうし、過去の辛い経験から抜け出せずにいる現在なら、あらたな辛い経験は避けたいと願うでしょう。その逆に、過去の嬉しい経験が現在の不幸をもたらしたとすれば、幸福な未来のために目先の喜びを疑うようになるかもしれません。このように過去と未来・経験と願望の関係は、自分自身の現在の思いを介することにより変化します。

A15_3.実績と予測(how)

実行する:している、する、した
想像する:感謝する、期待する、自慢する

一方、客観的世界における過去と未来の関係はどうでしょう。過去に経験した現実を「実績」と呼ぶならば、客観的な世界は過去の「実績=記録」で出来ています。大概の記録は不完全なので、過去は時として修正されますが、現実は一つの真実のはずです。

この実績に対し、人それぞれが主観的な思いを持ち、それが未来の願望を生み出してその実現を願うようになります。しかし、願い事は実現するとは限りません。どんなに周到に準備して、万策を講じても、様々な不可抗力が働いてその実現が阻まれます。その結果、現実となる客観的未来を、実績から類推することを「予測」と言い、それが願望と一致することを「実現」という訳です。

予測を願望に近づけるためには、それにふさわしい実績を作らなければなりません。なぜなら、予測とは実績から類推される繰り返しや延長線上にある当然の答えであり、そこに意外性や飛躍の入る余地はありません。したがって、私たちが日々努力しているのは、その結果が実績として蓄積することで、願望に近い実現を予測できるようにするためです。

また、昨今話題のビッグデータは、膨大な実績データを分析することにより予測の精度を上げ、そこから実現確度の高い願望を導き出すやり方です。これにAI(人工知能)による処理が加わることで、意外な成果をもたらせるようになりました。しかしそれは、AIによる予想が先にあり、それに願望を寄り添わせているのが実情です。ですから私は、これを実現とは思いません。むしろ「好都合なまぐれ」を意図的に活用する技術だと考えています。

A15_4.前と後ろ(who)

現在:気付き、発見、出会い
幸福:満足、充足、安心

 

A15_5.初めと終わり(where)

未来:願望、予定、予想
自由:能力、許可、権利

 

A15_6.速度と頻度(when)

過去:経験、結果、実績
美徳:奉仕、貢献、名誉

 

A15_ワークショップ ビジネスの価値

1.あなたのやりたいこと ビフォーアフター

過去 未来
Why
What
How

2.ビジネスの価値

  • 信頼性
  • 実効性
  • 可能性

3.顧客の価値

  • 名誉
  • 満足
  • 能力

4.取り組む課題

  • ムダ
  • ムラ
  • ムリ

5.目指す成果

  • 結果
  • 答え
  • 〆切

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