A13_6.when:評価と報酬

「評価と報酬」もまた、相手によって変わる関係を示す言葉ですが、相手が「だれか」とか「どんな人か」ではなく、相手に対し「どう対応するか」を示します。どう対応するかを決めるため、基準を作り採点することを「評価」と言い、それに応じて対応するやり方を「報酬」と言います。例えば、「罪と罰」とは、罪が評価で罰は報酬です。悪いことの基準をあらかじめ決めておき、それに該当したものを懲らしめるために罰を与えます。そこで問題になるのは、相手が何かを「やったのか」、「やっているのか」それとも「やろうとしているのか」の違いです。悪いことをすでにしてしまったのか、今まさにやっているのか、それともこれからやろうとしているのかの違いです。「殺人罪」とは「人を殺した罪」ですが、「過失致死罪」とは「死なせてしまった罪」です。両者の違いは「殺意の有無」ですが、「殺意」とは一体何でしょう。これを時間的に説明するなら、「殺人=殺したい未来+死なせた過去」で「過失致死=殺す気のない未来+死なせた過去」となる訳です。つまり、「評価と報酬」は「いつ(when)」に属する人間関係と言えます。

 

能動と受動でいえば、「評価と報酬」はそのどちらにも該当します。人間はいつも他者を能動的に評価していると同時に他者からの評価を気にします。時にはこの他者が、だれでもないすべての人や、神や天になったりもします。「報酬」もまた同様です。良いことが起きても、悪いことが起きても、それが何かの報いと感じるのは「受動の報酬」であり、これに対して何か対策を講じることが「能動の報酬」と言えるでしょう。こうして考えると、そもそも「報酬」という行動や出来事が、「評価」の対象になっているとも考えられます。他人は褒められると頑張りたくなり、頑張る人を褒めたくなるものです。だとすれば、褒められたければ頑張る、頑張って欲しければ褒めるというように、どちらの側からでもこの循環を生み出すことができるはずで、そのことを「積極的」と呼んでもいいのではないかと思います。

 

こうした「良い評価・良い報酬」に関する欲求に対し、満足を提供することがビジネスの方法です。先ほど述べたとおり、「評価と報酬」のやり方次第で、「積極と消極」が生まれてしまいます。そのもっとも顕著な例が給料です。給料とは労働の対価としての報酬ですが、やはり時間と密接に関係しています。給料は大別すると「給与・手当・賞与」の3種類に分類できますが、これらは見事に「未来・現在・過去」に対応しています。「給料」はその人の能力や経験などこれから行う未来の仕事への期待値で評価して支払われ、「手当」は通勤・住宅・残業・家族など現在発生している負担を評価して支払われ、そして「賞与」は過去の一定期間の成果や努力を評価して支払われます。人間は給料をもらえなければ働く気になれませんが、給料をもらえれば誰もが働くわけではありません。給料をもらいたいという労働者の欲求と、働いて欲しいという雇用者の欲求を同時に満たす積極的な循環を生み出すためには、互いが「評価と報酬」の誠実な関係作りに努める必要があると思います。

 

まつむら塾のガイダンスセミナーで、僕は必ず「信じる」について話をします。「相手の言うことを本当と思うこと」が「信じる」のやり方(how)なら、「信じる」のはなぜ(why)だろう・・・と。それは「自分の言うことを本当と思って欲しいから」というのが僕の好きな答えです。僕は相手に信じて(評価して)欲しいから、まず自分から相手を信じる(評価する)ようにしています。つまり、「報酬を得ること」とは「評価してもらうこと」ではないでしょうか。この気付きが、僕を積極的に突き動かしているのだと思います。

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