A13_3.how:攻めと守り

自分だけの力で実現できないのなら、相手の協力を求めるのが人間の世界です。しかし、他人から求められることを何でも受け入れ、全てに協力するわけにもいきません。そこで、何を求め何を我慢するか、何を受け入れ何を拒絶するのか、という駆け引きというか「攻防」が、人間の世界の実現の方法だと考えられます。「攻める」という言葉には、「する」よりも強い何かを感じまが、その強さに対処するのが「守る」とか「防ぐ」という言葉です。「攻める」が「たとえ拒絶されても何かをすること」だとすれば、「守る」は「何かをされないように防ぐこと」だと思います。つまり、「する」は相手がいなかったり、いたとしても全く拒絶されずに受け入れてもらえた場合のことであり、むしろ多くの場合はそこに少なからず「攻防」が発生すると考える方が自然に思えます。

 

人間にとっての実現が、欲求を満足させることだとすれば、欲求から始まる攻防は、満足できる決着に至る必要があります。そこで問題は、誰の欲求を満たすのかということになります。もしも自分だけ満足できれば良いのであれば、邪魔な相手を徹底的に攻撃し叩き潰せばいいかもしれません。でも、相手にも満足して欲しいと願うなら、一体どうすればいいのでしょうか。それを知るためには、相手が満足したかどうかをどうやって判断するかを考えなければなりません。つまり、相手自身が望んだ満足ではなく、自分が相手に対して望んだ満足の状態がどういう状態かということです。例えば「相手に喜んでもらいたい」と願うなら、相手が「喜んだらどうなるか」を決めなければなりません。それは、相手が「笑うこと」、「何度も来る」、「金を払う」など様々です。あなたが望む相手の満足を具体的に説明するには、これらの現実を列挙することしかできないと思います。そしてそれは、相手にとっても同じこと。相手の満足を相手の思いや考えで説明するなど不可能です。結局自分と相手が共有できるのは、頭や心の主観的な中身でなく、具体的な行為や周囲の状況など客観的なことしかありません。

 

これら満足の状態を示す具体的な状態を「結果」と言いましたね。攻撃や防御といった行為がもたらすものは、最終的な満足ではなく、それを表す結果です。ですから、これらの結果から、そのもとになる原因を突き止めれば、自ずと何をすべきかがわかってくるはずです。相手に笑って欲しいのは、笑ってくれないこと、何度も来て欲しいのは、リピート率が低いこと、そしてお金を払って欲しいのは、お金を払ってくれないことが原因です。そしてこれらの原因が、あなたの欲求と深く関係しています。しかしここで考えなければならないのは、これらを原因をもたらすのは「だれ=自分、相手」なのかということです。「自分が笑わそうとしても相手が笑わない」と、「相手が笑いたいと思っているのに笑えない」は、まるで違うことです。常に「だれ」を考えることが、人間の世界では重要です。自分が攻撃しているなら、防御しているのは相手の方で、これに対して相手が反撃してくれば、こちらはそれに対して防御しなくてはなりません。「専守防衛」と「攻撃は最大の防御」という2つの言葉は、正反対の意味であり、これらはどちらかが正しいのでなく、単なる選択肢にすぎません。むしろ私たちは、「最良の防御」になるように攻撃し、「最低の防御」となる攻撃は控えなければなりません。人間の世界において、攻防という戦いは欠かせませんが、その終結によってより良い世界を作ることが目的なのだと思います。

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