A12.why+how:理系と文系

5W1Hの中で、「Why(なぜ)」と「How(どうやって)」は、答えを説明するための疑問です。
「What(なに)」の答えが、その疑問を特定するための単なる名前だったのに対し、「なぜ」と「どのように」は具体的な答えを表します。アメリカでは幼稚園の頃から「これは何ですか?」という授業があり、様々なモノを手に持って説明するそうです。
その際、例えばペンを持って「それは何ですか?」と問われたら、「これはペンです」と答えてはいけません。
「ペン」という名前を言わずに、どうやって説明するかを楽しむゲームです。
すると子供たちは、「なぜ・何のためにそれを使うのか」や「どうやって使うのか」を、身振り手振りで懸命に語ります。
つまり、「これはなんですか?」の答えは、「ペン」ではなく「ペンとは何かを説明すること」に他なりません。

これは、辞書を引くとよくわかります。
ペン:インキをつけ、字や絵をかく洋風の筆記具。
「インキ」は主に消えないという目的を表し、「つける」は主にそのやり方を示しています。
字、絵、かく、洋風、筆記具など他のすべての言葉にも、理由や目的と、方法がちりばめられています。

もう一つ面白いエピソードをご紹介しましょう。

理科の先生に「なぜ宇宙はできたのか?」と尋ねると、「宇宙は”なぜ”でなく、”どのように”できたのかを考えなさい」とられます。
一方歴史の先生に「千利休はどうやって死んだのか?」と尋ねると、「千利休は”どうやって”でなく、”なぜ”死んだのかを考えなさい」と叱られます。
確かに、宇宙がなぜできたのかは、科学的にはあまり意味がないし、千利休の検視結果など歴史の上ではあまり意味がありません。
しかし、私たちは「宇宙がなぜ生まれたのか」を知りたくて、神様にそれを尋ねます。
千利休の正確な死因には意味が無くても、どのような方法で殺されたのかは重要な意味を持つかもしれません。

つまり、「理系と文系」とは、こうした物事の2面性を分類するための概念であり、何かが実現するときは、そこに必ずWhyとHowが存在するということです。
したがって、物事を漫然と説明するのでなく、常にWhyとHowの2面からの説明を試みることで、明快な説明が可能になると思います。

そこで、この講義では、「疑問を示す言葉:What」に対し、「答えを探す探すための疑問:WhyとHow」についてじっくり考えます。

今後は、あなたの「やりたいこと」を「ビジネス」と呼ぶことにし、特にWhyとHowを抜き出して、「答えの作り方」について説明したいと思います。

A12_1.具体と抽象(what)

「実現=なにをやりたい」を説明するには、「なぜやりたい」と「どうやってやる」の両方が必ず必要です。例えば、「戦争」という「言葉(what)」は、「決着をつけたい」という「なぜ(why)」に、「戦う」という「どうやって(how)」が加わって初めて意味を成します。もしもこの2つを逆転し、「戦うために決着をつけること」としたら、例えば「王者と戦うために決着をつける=予選」など、まるで違う意味となってしまいます。順序が違うと答えが変わるということは、掛け算というより割り算か・・・ということで、これらの関係を下記の式で表すことにしました。

【なに(what)=なぜ(why)/どうやって(how)】

「なぜ(why)」には、理由と目的の2つがあることはすでに説明しましたが、実現とは、理由から出発して目的を目指すことでもあります。一方「どうやって(how)」は、理由が原因となって始まり結果として目的にたどり着く行為のことなので、その流れを下記のように書くことができます。

【理由→原因→方法→結果→目的】

これを先ほどの表記に当てはめると、

【実現=理由→目的/原因→結果】

そこで、理由→目的=願望、原因→結果=方法と置き換えると、

【実現=願望/方法】つまり、【疑問:実現とは何か=答え:願望/方法】

と定義したいと思います。

本章のタイトル「理系と文系」とは、「答え=文系/理系」と表現することもできます。まつむら塾では、理系と文系をいったん分離して考え学ぶことは確かに大切なことだと考えますが、学校やビジネスが理系と文系に分類されるなど、まったく無意味なことだと思います。自分のやりたいことを構築するために、文系と理系の双方を常に行き来しながら、感じ、考え、行動していくべきだと僕は思います。

 

A12_2.理由と目的(why)

答えとは「実現」のこと。実現のなぜ(why)とは、[理由と目的]のことです。実現した後であれば、その[理由と目的]の両方を明確に説明することができますが、初めはどちらか一方がきっかけとなって実現を目指し始めます。楽しそうな人を見て自分もそうなりたいと考えるのは目的ですが、なぜそんなことを願うのかと顧みた時の楽しくない自分が理由であり、これは目的から理由が見つかるケースです。もちろんその逆に、仕事に追われ楽しくない日々を送るうちに、時には楽しみたいと考えるようになれば、それは理由から目的が生まれるケースです。

その順序はどちらでも構いませんが、普段漠然と考えている「なぜ(why)」が、[理由と目的]の2つでできていることを忘れてはいけません。なぜなら[理由と目的]がきちんと分かれていないと、それらをつなぐ「方法」を考えられないからです。実現するやり方とは、「理由」から出発して「目的」にたどり着く「行き方」のことなので、出発点とゴールを明確にしなければならないのは当然のことです。ですから「どうすればいいのかわからない」と言う人の多くが、「なかなかこの2つが揃わない」と言いますが、むしろ漠然と1つに思っている「なぜ(why)」を2つに分ければいいと思います。そのために、[理由と目的]の共通点と相違点を整理してみましょう。

まず共通点は、どちらも自分の思いということです。実際にどうなのかではなく、何をどう感じるかという個人的かつ主観的な問題です。「戦争や嫌だからやめたい」と考える人ばかりでなく「戦争は好きだからやりたい」人も存在します。したがって、当たり前とか常識と思い込み、「判り切ったこと」として決めつけてはいけません。どんなことでも「こういう訳だからこうなりたい」と明確に説明する必要があります。それに賛同したり共感する人が、その「なぜ(why)」は「正しい」と言い、そうでない人が「間違い」というだけのこと。「なぜ(why)」は、誰もが認める【現実】ではなく、あなたが提案する【定義】のようなものです。ですから、あなた自身が納得できるものでなく、ふと思いついた【仮説】でも構いません。それが実現に値する願いかどうかを判断するのは、試しに発信し、他人からの評価や反応を見てからでも遅くはありません。

そして相違点は、善悪です。理由が悪で、目的が善。実現とは、悪から善への道のりだと考えてもいいと思います。善とは良いこと、好きなこと、正しいことのこと。その反対に、悪とは悪いこと、嫌いなこと、間違ったことです。これ以上哲学的な説明はしませんが、あえて言うならば「肯定と否定」です。出発点とは、そこを否定して抜け出す場所で、到着点はそこを目指して認める場所というイメージです。ですから大切なことは、[理由と目的]とは「互いの何かが逆であること」であり、そのどちらが良いかはあなたが決めればいいことです。例えば「今の幸せがこれからも続いて欲しい」と言うと、理由も目的もどちらも幸せのように思えますが、よく考えるとそんなはずはありません。今の幸せがいつまで続くか不安だから、「続いてほしい」と願うのです。ですからこれは、「いつまで続くかわからない今の幸せ(理由)を、いつまでもずっと続く幸せ(目的)にしたい」とすべきです。

こうして、あなたの「なぜ(why)」を「理由と目的」に分けて、これから挑む実現の出発点と到着点を明確にしてみましょう。そして、出発点を「悪」、到着点を「善」として、あなた自身が考える「善悪」をはっきりさせましょう。

A12_3.原因と結果(how)

実現とは、[理由]の状態を[目的]の状態に変化させることですから、「どうやって(how)」はその変化を起こす方法のことです。例えば「無地の紙」を「字の書いてある紙」にするには「字を書く」という方法が考えられます。「白紙の回答用紙が配られた(理由)」ので、「そこに答えを書きたい(目的)」と願うなら、その方法は「答えを書く」となる訳です。ここで肝心なことは、その方法を実行すれば、必ず目的が実現することです。いくらやっても実現しないのでは、それを「方法」とは言えません。このような関係を「十分」と言い、「実現に十分な方法だ」と言います。その逆に、「理由と目的」は「実現」にとって無くてはならない必要なものですが、「理由と目的」があれば必ず「実現」するわけではありません。このように、「十分」と「必要」は反対の意味を持つ概念です。

そしてこれを数学的に言うと、「実現は方法を含む:実現⊃方法」となります。例えば無地の紙に文字を記すには「書く」以外にも「印刷」や「押印」などの方穂が考えられますが、「書く」という行為は必ず「文字を記す」という結果をもたらします。また、「理由と目的」と「実現」の関係はこの逆なので、「理由・目的⊃実現」となります。そこで、これらをまとめると次のように表すことができます。

「理由と目的」⊃「実現」⊃「方法」

この式にある通り、大きな「理由と目的」の中に目指す「実現」があり、まだその中を満たすことのできない「方法」がある状態が現状のイメージです。そして、漠然と広がる「目的と理由」を具体的に絞り込み、まだ小さくて不十分な「方法」を膨らませ充実させ、「理由と目的」=「方法」となった時が実現のイメージです。

「方法」が、「理由と目的」の間をきちんとつなぐためには、方法の出発点である「原因」が「理由」と、到着点である「結果」が「目的」と一致する必要があります。先ほどの「白紙を配られたので(理由)、答えを書きたい(目的)」に対し、「字を書く」では方法として不十分で、「どうやって字を書くのか」を具体的に考えなければなりません。例えば「どこで書くのか」という問題、机など平らで硬い平面の上に置かなければ紙に字を書くのは困難です。その原因は「髪が薄くて柔らかい」からであり、実現のためには「髪を固くて平らな状態」という結果をもたらす必要があります。このように、あえて「原因と結果」と呼ぶのは、それが「理由と目的」ではないからです。紙が柔らかいから文字を書きたいのではないし、髪を固くするために文字を書くのでもありません。つまり、「理由と目的」の共通点は「自分の思い」だと先に述べましたが、それらがもたらす現実問題が「原因と結果」の共通点だと言えるでしょう。

では、「原因と結果」の相違点は何でしょう。「理由と目的」の違いは善悪だとしましたが、「紙が柔らかいのが悪で、硬いのが善」という訳ではありません。紙の硬さや形は、客観的な現実であり、変化の前後や順序の問題にすぎません。紙が「机に上に置く」という方法で「柔らかいから固くなる」のは原因と結果であり、これを因果関係と言います。ですから、方法で必要なことは、悪がもたらす現実が先(原因)、善をもたらす現実が後(結果)になるような順序にすることです。そして、様々な結果の積み重ねで目的を現実化することです。ですから、実際の手順は理由が実際にもたらす原因と、目的を現実化するために必要な結果をそれぞれ列挙し、それらをつなぐ因果関係と善悪の確認を繰り返すことになるでしょう。自分から見ればうまく行っても相手から見れば「因果と善悪」が逆転してしまったり、時とともに前後が逆転してしまったりすることもあるでしょう。紙の硬さや形の例は「空間(where)」の問題ですが、さらに「人間(who)」と「時間(when)」を加えた3つの要素が現実世界を構成しています。これらについてはさらに細かく説明したいと思います。

こうして、あなたの出発点(理由)がもたらす現実と、到着点(目的)をもたらす現実を列挙してみましょう。それらを因果関係とする手順や行為の集積が、やがてあなたのやりたいことを実現する方法になるはずです。

 

A12_4.自と他(who)

自分のやりたいことは「なぜ(why)」と「どうやって(how)」を使えば説明できるのですが、これを実現するとなると、頭の中で思い描くだけでなく、実際の世界に当てはめていかなければなりません。ところが、現実世界は複雑で、一体どこから考え始めればいいのか、途方に暮れてしまいます。そこで、世界を「人間・空間・世界」の3つに分け、一つずつ具体イメージを作ることで手掛かりを探します。すでにお話ししたとおり、私たちは実際の世界を人間(who)と空間(where)と時間(when)の3つの要素で理解しているのですが、頭の中では3本の紐のようにそれらが立体的に絡み合い、まるで一つのこととして処理されています。知っているのに説明できないとはそんなイメージです。説明できるようになるために、1本ずつ絡んだ紐とほぐしてみたいと思います。

人間とは「だれ(who)」のこと。理系でいう「動物としてのヒト」でも、文系でいう「歴史上の人物」でもなく、自分を中心とした人間関係のことです。私たちは人間だけを愛するのではなく、人間だけに腹を立てるわけではありません。尊敬する人はすでに死んでいるかもしれないし、会ったこともない人に同情したりもします。その意味において、世界中の有形無形のすべてが「人間」かも知れません。人間関係を説明するとき「この人、その人、あの人」という言葉を使いますが、これらを客観的に説明するのは難しいことです。「距離の違い」という人もいますが、知り合いの「その人」が知らない「あの人」より近くにいるとは限りません。私の「これ」は、あなたから見ると「それ」になる・・・これが人間の世界です。

「なぜ」は「理由と目的」のことですから、まずは「だれの理由」、「だれの目的」なのかを考えます。「だれの」の「の」は「所有」を意味する言葉ですから、「だれ」とは理由や目的の持ち主のこと。それはあなた自身とは限りません。例えば、美しくなりたいという願いを叶えたいとき、そう願っているのはあなただけではありません。もしもあなた以外の人が願っているとしたら、それをあなたはどうやって知るのでしょう。「その人」から聞いて知るのか、「あの人」はきっとそうだろうとあなた自身が想像するのかのどちらかです。「その人」とは「相手」のこと、「あの人」とは「みんな」のこと、つまり「だれ(who)」とは「自分、相手、みんな」の3種類に分類できます。自分はもちろん自分自身のことなので、相手とみんなの違いをもう少し説明します。相手とは自分が直接関わる人のこと、私から見た「あなた」のことです。一方「みんな」とは、自分とあなたを含めた全員のことで、その大多数は直接関わることのない人たちです。例えば「若い人」は「年齢の低いみんな」のことで、通常何かの条件で絞り込んだ人たちを「みんな」と呼び、究極のみんなは「全人類」などと言ったりします。つまり、この分類は「自分との関わり」で分ける方法で、文法で習った「人称」にあたります。

理由は否定し離れたい動機であり、目的は肯定し近づきたい願いです。理由と目的を持たない人が、何かをやりたいと思うはずがありません。しかし、何かをやりたいと願っても、だれもができるわけではありません。そこには「あなたの願いを叶えてあげよう」という人や「みんなの願いを叶えよう」という人もいるはずです。ですから「なぜの持ち主」を明確にするのは、その実現に挑むあなた自身が「誰の願いを叶えようとしているのか」を明確にするためです。例えば「困りごとを解決したい」という「なぜ」であれば、「困っているのは誰なのか」を特定する必要があります。それは自分かも知れないし、誰か他の人かもしれません。また、相手が困っているのを自分が解決したいのか、自分が困っているのを相手に解決してもらいたいのかもしれません。ここで注意しなければならないことは、方法は必ず自分の側から見ることです。「なぜの持ち主」は自在に選ぶ(設定する)ことができますが、「どうやって」と考えるのは自分に決まっています。考えてみれば、「自分がやりたいこと」なのですから当然ですよね。

「なぜの持ち主」が明確になれば、次に「方法のだれ」を考えます。方法とは、「自分が誰かに何かをする」ことなので、「方法のだれ」は「方法の対象」です。対象が変われば同じ行為でも意味が変わります。例えば「教える」という行為は「自分に教える」のなら訓練や修行、「あなたに教える」のなら説明や体験、「みんなに教える」のなら宣伝や公開といった具合に、対象を具体化することで方法も具体化してきます。もしも、具体的にイメージできた方法に違和感を感じるようであれば、「だれ」を疑います。自分のやりたいことが宣伝でなく説明だとすれば、それは「顔の見えないみんな」でなく「顔の見えるあなた」を対象としているのかもしれません。そして一人ずつ理解してくれたあなたたちが、やがてみんなに伝えてくれることを願っているのかもしれません。「違和感」こそが大事な手掛かりです。こうして、「なぜ」と「どうやって」を行き来しながら次第に「やりたいこと」を具体化していきます。

余談ですが、「売って欲しい」という願いを叶える方法は「売ってあげる」なのに対し、「買って欲しい」という願いを叶える方法は「買ってあげる」となりますね。どちらが高く売れるかと言えば、明らかに「売ってあげる」の方で、「買ってあげる」ではきっと値切られてしまいます。仕入れるときは「買ってあげる」、販売するときは「売ってあげる」となりたいものですね。

 

A12_5.全体と個(where)

空間とは「どこ(where)」のこと。有形・無形を問わず、世界に存在する「全てのモノ」のことです。「人間」や「時間」は「モノ」ではないので「空間」とは別物ですが、私たちはその説明のために「言葉」というモノを使っているわけです。また、「空間はモノ」という表現にも違和感を感じるかもしれませんが、それは居場所の問題です。自分が中にいれば、そこは部屋や廊下などの空間ですが、外から見ればそれは家や建物といったモノとなります。それらを総称して「空間」と呼び、それを探すときは「どこ(where)」という疑問を使います。

「なぜ」は「理由と目的」のことですから、まずは「理由や目的がどこにあるか?」を考えます。私たちは「どこ」を5感で感じ取り、頭の中でイメージ化します。つまり、見たり聞いたり触ることで、世界を知り理解します。見てわかることは、大きさや数、形、分布などの外見。においや音からわかるのは、中身や周辺の様子。そして触ることにより温度や材質です。つまり、空間とは「内外の様子」のことであり、「理由の様子」と「目的の様子」を示すのが空間の役割です。例えば、美しくなりたいという願いはどういう状態のことなのか、またどういう状態だったからそう願うようになったのか。空間とは、理由や目的を思い浮かべたときの様子や状態を意味します。

理由は実現を思い立つ出発点であり、目的は実現が目指す到着点です。出発点と到着点がはっきりしなければ、出発も到着もできません。だからこそ、理由と目的の双方がどのような空間なのかを明確に説明する必要があります。そこで、世界のあらゆるモノを説明するのに、いい方法を考えました。あらゆるモノを、「周囲・形・中身」の3つで説明する方法です。全てのモノは世界の一部分のはずです。部分には必ず外と中があり、その境目が形です。例えば「美しい」とは「周囲・形・中身」の内「形」のことを言っています。そしてその美しさは、内側や周囲とどういう関係にあるのかを説明することで次第に具体化していきます。内面が現れた美しさ、景色にマッチした美しさなど、「周囲・形・中身」の様子をイメージすることが、具体化の助けとなります。

「理由と目的」が明確になれば、それをつなぐのが方法です。「出発点」と「到着点」が明確になれば、実現にたどり着くための方法を具体的に考えることができます。ます初めに、2つの点の位置関係を考えます。もしも違う場所にあるなら、移動しなくてはなりません。そして2つの点の様子が異なるのであれば、変化しなければなりません。ここでまた「周囲・形・中身」を利用します。まず初めに、「周囲が違う」ということは「場所が違う」の他に周囲の様子が変化するケースが考えられます。次に「形が違う」ということは、色などの姿だけが変わる場合と周囲と中身の双方が変化する変形も考えられます。そして「中身が違う」は形や周囲に変化はありません。しかし「変化」とはそもそも「時間」の問題で、私たちは時間の経過なしに変化を説明することはできません。「空間」で説明できることはあくまで「ビフォー・アフター」つまり、変化の前後の様子とその違いです。でも世界は決して同時進行しているわけではありません。あなたが目指す未来の姿は、どこかですでに実現しているのかもしれません。

人間・空間・時間はそれぞれ全く異なるものですが、それらを説明する道具は空間しかないということは先ほども述べました。確かに言葉は便利ですが、言葉は世界の何かを指し示しているに過ぎず、決して世界が言葉でできているわけではありません。だから私たちは、世界をよく見て、よく聞いて、その実態を知ることが大切です。そして、それを説明するためには、いつも最良の言葉を探し続けるしかありません。それが日本語でも英語でも関係ありません。見当たらなければ自分で作るだけのことだと思います。

 

A12_6.過去と未来(when)

時間とは「いつ(when)」のこと。遠い過去から永遠の未来まで、世界で起きるすべての変化や出来事のことです。「人間」や「空間」と違って、「時間」は見ることも触ることもできないため、時計やカレンダーなどの形を与えて扱いますが、本当の時間は「過去、現在、未来」という方向性を持った概念です。私たちが感じることができるのは常に「現在」だけで、そこから抜け出して過去や未来に行くことはできません。それは、過去から未来にむけて進む「現在」だけが存在し、これまでを「過去」、これからを「未来」と言っているのに過ぎないからだと思います。しかし、私たちは、過去を振り返り、未来を想像することができます。肉体は現在から逃れられなくても、思いは過去と未来を自在に行き来することができます。世界中のすべての時刻と時間を自由に参照・閲覧し、自由にデザイン・表現できるのが「いつ(when)」です。

「なぜ」は「理由と目的」のことですから、まずは「理由や目的がいつのことか?」を考えます。私たちは「いつ」を「過去、現在、未来」のそれぞれ全く違う方法で感じ取ります。「過去」はすべて実際に起きたことなので、変更できない真実があり、正しい答えは一つだと分かっています。それに対し「未来」はまだ何も起きていないことなので、そこに真実は存在せず、答えは無限にあり得ます。そして「現在」は今この瞬間なので、いつもあっという間に過ぎ去ってなかなか思うようになりません。しかし、理由と目的は現実でなく自分の思いなので、時間軸のどこにでも自由に設定可能です。「織田信長は本能寺で死なないで欲しい」と過去を願うのも、「将来太陽が燃え尽きたらどうしよう」と未来を心配しても構いません。そして、理由と目的の期間(長さ)も明確にする必要があります。目的実現をどれくらい持続させたいのか、あなたの思いを示してください。

しかし「実現」を前提とするなら、「目的」を過去に設定してはいけません。さらに先の未来に感じる不安が理由となる場合もあるでしょうから、理由と目的の順番はかまいませんが、これから挑むゴールは未来になければなりません。未来は誰にもわからないので、正解もありません。自分の価値基準で自由に想定してこそ目的の価値があります。「過去には現実があるが未来には無い」と言いましたが、正確には「無い」ではなく「まだ無い」です。明日になれば明日が来るし、来年になれば来年が来ます。明日の天気を予想する「天気予報」は、「当たり外れ」がありますが、明日の晴れを願って作る「テルテル坊主」は、たとえ雨でも「外れ」とは言いません。「目的」という思いは、「天気予報」でなく「テルテル坊主」です。実現とは願いを叶えること。どんなに人工知能が発達して予報精度が上がっても、願いが叶うようにはならないと思います。

そして最後に、「方法」は必ず「現在」にし、すでにやっていなければなりません。さもないと、あなたのやりたいことはいつまで経っても始まりません。現実は「すでにやっている」と「まだやっていない」のどちらかです。そのはざまに「現在」があるとしたら「すでにやっている」以外は「まだやっていない」となるはずです。それでは一体いつから「方法」は始まるのでしょう。私たちは「やる」と言いますが、これはまだやっていない状態です。「やらない、やります、やる、やるとき、やれば、やれ」と、動詞をいくら活用しても一向に始まりません。「方法」を実行するには準備が必要ですが、だとしたらすぐに準備を始めることです。準備の前に計画が必要ならすぐにそれを始めましょう。方法のために必要なことは、つまりすべてが方法です。本当にやりたいことならば、やりながら考えるべきだと思います。

そもそも「なぜ(why)」と「どのように(how)」は、「なぜ(why)」が先でなければ実現じゃない・・・と申し上げてきたのに、ここに来て、すでに「どのように(how)」を始めていなければ、実現はおぼつかない・・・と私は言っています。だとしたら、「なぜ(why)」はとっくのとうに持ち合わせていなければなりません。そうなんです。あなたはすでに立派な「なぜ(why)」を持っています。いや私の想像では、すべての人が物心つく頃から持っていると思います。でも多くの人がそれを自覚せず、説明しようと努力しません。誰もが自分の「理由と目的」をもって生きているのに、そうと知らずにいるだけです。私は「あなたの理由と目的を作りなさい」と言っているのでなく「あなたの理由と目的を説明しなさい」と言っているんです。あなたはすでに持っているし、すでに始めているのだから。

 

A12_ワークショップ 企画シート実習

課題:あなたのビジネスを次の3項目で書いてください。
ビジネスのタイトル(15文字以内)
ビジネスの目的(45文字以内)
ビジネスの方法(45文字以内)

1.あなたのやりたいこと ()内はその目的

事業名:
1.    (    )
2.    (    )
3.    (    )

2.方法・Howの再検討

Why:
What:
How:

3.目的・Whyの再検討

Why: 
What:
How:

4.名前・Whatの再検討

Why:
What: 
How:

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