言葉は世界でできている

2011年に発生した東日本大震災は、僕の生き方を大きく変えた。

今の僕を突き動かす原点は1999年の倒産経験だが、その経験を地域づくりに役立てたいと思い立ったのが、まさにあの日のことだった。

当時の日本はすでに財政破たんしていたが、長引くデフレ経済がその先送りを可能にしていた。

だが、東日本の沿岸を壊滅させた大津波に加え、福島の原発事故がもたらす損失が、瀕死の日本経済にとどめを刺すと確信した。

そこで僕は、それまで起業支援活動の拠点にしてきた世田谷区産業振興公社を飛び出して、アントレハウス駒沢を開業し「起業を育むまちづくり」に着手した。

せっかくの破たんを無駄にせず、新しい世界を作り始めるきっかけにしたかった。

新しい世界を作るには、まず世界の現状を理解する必要がある。

理解とは、自分が感じ考えたことを、自分自身に言葉で説明することだ。

そもそも言葉は、自分を含めたすべての世界を説明するための道具だ。

言葉で世界を説明出来るのは、世界のすべてに対応する言葉を用意してあるからであって、世界が言葉で出来ているからではない。

その証拠に、個々の言葉を説明するには「世界のそれ」を指し示すしかできない。

「青い空とは何か?」と問われれば天気の良い日に上を指さして「あれ」と言い、自分で感じ取った世界に言葉を当てはめているにすぎない。

そこで僕は仮説を立てた。

言葉が世界でできているなら、言葉の構造は世界の構造と同じはずだ。

もう少し正確に言うと、言葉は言葉を使う自分と自分以外のすべての関係を説明するためにあるのだから、世界とは自分と宇宙の関係を指している。

アインシュタインが説明した「時間と空間の関係」が宇宙のことなら、それに人間を加えたものが世界だと考える。

つまり、「世界」という言葉は、「時間・空間・人間の3つの間(=関係)」のことを指している。

だったら、言葉の仕組み=文法の中に、世界の仕組みが組み込まれているのではないだろうか。

ところが、「文法学」というジャンルは文法論 (grammar) と呼ばれ、言語学の関連分野ないし細分野に過ぎない。

世界の言語を文法の見地から俯瞰するような考え方は、いくら検索しても見つからなかった。

そんなころ、三上 章(みかみ あきら、1903~1971年)という言語学者の著作「象は鼻が長い」と「日本語の論理 – ハとガ」に出会った。

題名からもわかるように、この本は日本語の助詞である「は」と「が」の使い方について書かれたものだ。

前者は、「象は鼻が長い」という文章の主語は「象と鼻のどちらなのか」について書かれたもので、はとがの違いについて270ページに及ぶ考察をしている。

僕はこの本を読んで、「馬鹿じゃないか?」と思ってしまった。

なぜなら、はとがを使い分けるのは子供だってできることで、その判断に必要なのは一瞬だ。

ところが、その説明に270頁も費やすなんて、簡単なことをわざわざ難しく説明しているとしか思えない。

そこで僕は、はとがの違いを一瞬で判断できるやり方を、1枚の図で簡単に説明したいと考えた。

まず前提として、日本語における「はとがの役割」は主語を示すことだが、「はとが」が指し示す主語の意味は微妙に異なる。

例えば、「1+1=2」のことを「1+1は2」と言うが、「1+1が2」と言うと少し違う意味がある。

2と等価な式は、”1+1”だけで無く、”1×1”や”2-1”など無限にある。

「1+1は2」に違和感が無いのは、「は」が多数のうちの一つを指しているからで、「1+1が2」という文は、”1+1”が”2”と等価な唯一の式だと聞こえる。

さらに等号(=)はその左右が等価という意味なので、左右を入れ替えても意味は変わらないはずだ。

だが、左右を入れ替えて「2は1+1」と「2が1+1」では、さらに意味が違ってくる。

”2”は”1+1”と等価な唯一の数であり、むしろ後者の「2が1+1」の方がしっくりする。

このような「はとが」が作る前後の関係性を「私と女」で表したのが、2012/8/19に作った冒頭の表だ。

数式で表せば、”AはB”= ”A⊂B”(AはBに含まれる)、”AがB”= ”A⊃B”(AがBを含む)となる。

これは決して僕の発見でなく、誰もが知っている常識だ。

だが、「はとがの違いを一言で言うと何か?」という疑問を持たなかったから、その答えを必要としなかっただけのこと。

これをわざわざ270頁も使って、ああだこうだと論じるのが学者の仕事かもしれないが、僕はゴメンだ。

そこで僕は、言葉の意味や構造を、理屈で考えるのでなく世界から直接感じとり、世界そのものの構造を探っていきたいと思った。

そこで僕は、プロジェクト名を「言葉は世界でできている」と名付け、webサイトを作ったのだが、あまりにも強力な「ライバルワード」があって、いくらサイトを充実しても検索できずに終わってしまった。

今でも「言葉は世界でできている」で検索すると、「世界は言葉でできている」というTV番組の情報ばかりがヒットする。

こんな戦いが次第に面倒になってきて、数年が経った今、今度は新型コロナウィルスが世界を変え始めた。

「言葉は世界でできている」ならば、コロナが世界を変えることで言葉に変化が起こるはずだ。

言葉の変化に耳を立て、それをもたらす世界の変化を見逃さないように、注意したいと今思う。

参考:・世界学 http://nanoni.co.jp/juku/e/