無料と無償

僕は今、様々な場面で「無料」や「無償」を提案している。

まず、無料には料金を払う必要がないという意味しかなく、無条件ということではない。

僕は、「どんな相談でも初回は無料で対応する」が、2回目以降は月額1万円で引き受ける。

つまり、料金を必要としない代わりに、会員登録をしたり、商品のレビューを書くなど、料金以外の対価を求められる可能性もあるのが無料である。

だが無償は、「無償の愛」や「無償の奉仕」といった言葉もあるように、一切の見返りを求めないこと。

僕が、「相続したくない土地を無償で譲り受ける」と言うのは、「土地を譲られる代償を求めることは何もしない」という意味だ。

だが待てよ?、この話は何かおかしいと思わないか?

土地をタダでもらうというのに、その上要求などできる訳が無い・・・とあなたは思わないか?

もしも土地を譲ってもらうなら、その代金を支払うのが普通だろう。

だが、そもそも土地の代金とは、一体何だろう?

まず思いつくのは原価・仕入れ値、つまり買った値段のことで、それ以上で売らないと損をするという損得勘定の問題だ。

つまり、売買であれば無償も無料もあり得ない。

でも、相続で子供に譲ったり、子どもがいないから誰かに託したいなどの場合、譲る相手からお金を取ろうとは思うどころか、何とかもらってもらいたいと願うだろう。

実は以前、某財団からの相談で、包括遺贈を受けた財産の中に売れない土地が混ざっており、それを誰かもらってくれないかという相談を受けたことがある。

流石に地縁の無い地方の土地だったのでお断りしたが、結局は不動産業者にお金をつけて引き取ってもらったという。

つまり、有償で土地を引き取ってもらうケースが、すでに発生しているというわけだ。

この問題は、譲られる側から見ていると判りにくい話だが、譲る側から見れば理解しやすい。

もしもあなたが、大事な財産やお金を「何かのため」に譲る時、大切なのはその「何か」であって、金銭の見返りや対価ではない。

子どもや後継者に財産を渡すとき、その代金をもらうなどあり得ないことで、むしろ受け取ってもらうために苦労する。

僕が無償で引き受けるとは、まさにそう意味だ。

僕は様々な起業のサポートそしているうちに、「事業や財産を引き継いで欲しいと願う人」と出会うようになった。

この人たちにとっての起業とは、まさに後継者を育て、継承を実現することに他ならない。

ところが世間では、事業継承と言えばM&Aとか事業譲渡とか、お金の話ばかりが飛び交っている。

だが、事業や財産を継承するということは、ひとまず全ての現状をそのまま受け入れ引き継ぐことだ。

事業を継続するためには、改革が必要かもしれないが、それは引き継いだ後にすべきことであり、継承の条件にすることは継承しない理由にしかならない。

このことに気付いた僕は、これを「無償」と表現した。

継承とは、無償ですべてを引き継ぐことだ。

全てを僕が引き受けるのでなく、継承を望むすべての人にこのことを知って欲しい。

継承されない社会を生み出した犯人は、お金だと僕は思う。

無償の継承に対し、有償の譲渡は売買であり、そこで支払われるお金はまさに手切れ金だ。

例えば、品物を無償で譲り受けると、すべての責任もついてくるが、お金を払って買うことにより所有権だけを手に入れて、製造者としての責任と縁を切ることができる。

かつてお金のない社会では、すべてのモノやサービスが無償でやり取りされ、継承されてきたが、お金が介在することですべてが有償で清算され、あらゆるしがらみから解放されたかもしれない。

だがこの開放こそが孤立を生み、互助や継承を妨げている。

結局僕が、無料が提供する側の提案で、無償が引き受ける側の提案と考えるのは、お金で縁を切らないために、だ。

今コロナの脅威に対し、孤立を促進する隔離と、連携を破壊する手切れ金に依存しないよう、しっかり目を開けて歩きたい。