別れない手紙

最期くん、変な名前つけちゃってごめん。

どうしても君に手紙が書きたくて、君が生きているうちに手紙が書きたくて。

 

僕が君の存在を意識し始めたのは、中2か中3の頃、始業前に教室の入り口でせっせと細工をしていたから。

紐をつけた黒板消しを長押の上に置き、ひもの端を画鋲で引き戸に留めていた。

入ってくる教師がまんまと引っかかるとご機嫌だった君を見て、変な奴だと思っていた。

君はいつも一人で歩いていた。

友だちはたくさんいたとは思うけど、誰ともつるんでいなかった。

それを見て僕は、いつもかっこいいと思ってた。

 

卒業後は、友人の結婚式などで何度があった気がするが、いつも近況を伝え合う程度だった。

友だちは大体そんなものだ。

僕が驚いたのは数年前、君から連絡をくれたことだった。

友が訪ねて来てくれることがこんなにうれしいことだと、いま改めて気づく。

 

そして、君の病気のことを聞いたのもその時だった。

会社を辞め、病を持ち、僕を訪ねてくれるなんて、なんだかとても名誉に思えた。

君の期待に応えるために、一番手強いプロジェクトの手伝いを頼んだら、二つ返事で引き受けてくれた。

本音を言えば、僕は君を試したのかもしれないが、相手を試すのはお互い様だ。

僕も、命を削って手伝ってくれる君に試されてみようと覚悟を決めた。

 

プロジェクトは残念ながら中断し、依頼者の死を待ってから再開することになった。

君には話さなかったけれど、その時僕は、死は終わりであると同時に始まりだと、つくづく感じた。

その後は次第に会う機会が減ってきた。

君は時々訪ねて来てくれたけど、僕が君を大塚に訪ねたのはたったの1回だったと思う。

フェイスブックで近況を見たり、他の友人たちとのやり取りを眺めながら、時間は過ぎた。

あっという間に時は流れた。

 

昨日、久しぶりに君を訪ね、時の流れの話をしたら、「10歳の1年は人生の1/10だが、60歳の1年は人生の1/60だから、短いに決まっている」と言い負かされた。

僕を瞬時に言い負かし、投げ飛ばしてくれる友人はめったにいない。

僕は見舞いに来たことも忘れ、夢中になって話しまくった。

君はしっかりメモを取り、たくさん説教してくれた。

ベッドで起き上がり苦しそうに話してくれる君を見て、初めは申し訳なく思っていたが、このまま議論に夢中になって死んでしまうまで語り明かしたいと願い始める自分に気付き、帰ろうと思った。

 

でも結局、君はもうじき旅立つだろう。

寝間着をめくりあげ、腹にまでおりてきた肝臓にも触らせてくれて、身をもって病を感じさせてくれた。

きっと僕にも、覚悟を促してくれたのだと思う。

それはよくわかった。

「じゃ、またな」と言って別れ、僕は家に帰ったが、もう終わりは始まっている。

だが、君との付き合いはまだ終わっていないし、地主の学校を急いで仕上げて、君に見せに行くつもりだが、別れの手紙は最後にせず、君が元気なうちに書くことにした。

僕にとって、君は生きてる君のこと。

 

君にはこの手紙を読んで欲しいし、文句があれば次回聞かせて欲しい。

あえてブログに書いたのも、僕の本気を伝えるためだ。

だから、また会おうな。

次回会うのは、僕もあの世になっちゃうかもしれないけれど。