非法人地域と都市国家

【非法人地域(ひほうじんちいき、英: unincorporated area)、または未法人化地域、未編入地域】とは、アメリカ合衆国、カナダ、オーストラリアなどの国に存在する、市町村に相当する最小区分の地方自治体(基礎自治体)に属さない地域である。そのため、より大きな行政区画であるタウンシップ・行政教区・バラ・カウンティ・市・小郡・連合州 (英語版) ・プロヴィンス 、あるいは国等により管轄されている。(ウィキペディアより引用)

「役所任せでなく僕ら市民が国づくりを担うべき」というのが僕の自論だが、何のことだかピンと来ない方のために、今日は「役所の無い地域」のことを紹介したい。

 

ここでいう法人とは、市町村などに相当する最小区分の自治体のこと。日本では国土のすべてが市町村という形で法人化されているが、世界ではこうした【非法人地域】がたくさん存在する。日本も明治維新までは、各藩や幕府がそれぞれ独自の体制で領地を経営していたのだが、廃藩置県ですべての大名から統治権が奪われ、今の体制に移行して以降は日本政府のもとに全国が都道府県・市町村として分割され、「地方行政=国の出先機関」、「地方自治=国からの授かりもの」のような認識が普及しているように思える。だが、法人の名の通り、自治体とは住民が地域社会を永続経営するための組織であり、行政とはそのためのビジネスだ。僕が破たんした夕張市に招かれた際、住民のいない無人地域を「道や国に返還せよ」と提案したのは、まさにこの議論を応用したものだった。

 

世界に【非法人地域】が存在するのは、住民がおらず自治や行政が不要な地域が存在するからだ。このことは、少子高齢化や人口減少で過疎が進む日本において、他人ごとでは済まされない。地域再生や活性化を行政主導で推進しているのは、地域社会の存続ではなく地域行政存続のためかもしれない。これが不採算の企業なら、解散・消滅すればよいのだが、絶対に消滅することのない地域社会では、自治体の統合や合併で凌ぐことになる。地域社会が統合され、その範囲が広がると、域内移動の負担が増え経営効率はさらに悪化するので、サービスの質も低下する。今の日本は、こうした悪循環に突入している。ならば自治体を消滅させればいいのだが、それは到底容認できない。なぜなら日本には新規に自治体を生み出す仕組みが無い。【非法人地帯】が無い国に、新規法人の概念がある訳ない。

 

将来日本が一部の自治体を廃止して、人が暮らす範囲だけを経営するような極端な「コンパクトネイション」になる日が来るかもしれないが、僕は到底それまで待てない。地域社会のサバイバルはすでに始まっており、すべての地域が活気にあふれたにぎやかな街になるはずが無いことは、明らかだ。今僕らがやるべきことは、借金を重ねて日本全体を延命する政府に頼るのでなく、ビジネスの力で一つでも多くの元気なまちを作ることではないだろうか。そのためには、どこの誰だかわからない株主に利益を貢ぐ企業でなく、特定の地域にその利益を還元し地域社会とともに永続的な発展を目指す企業を育てる必要がある。同じ買い物をするのなら、地域社会にメリットをもたらす企業の商品やサービスを買うべきだ。

 

そして何より、企業に対し地域に根差すメリットを創出することこそが、地域社会の課題だと僕は思う。今回大学生たちと訪問したシンガポールは、その意味においてまさにビジネス大国だ。東京23区と同じ広さに560万人が暮らすこの国は、現代の都市国家と言える。シンガポールの報告は、又の機会にするとして、いま世界では、都市国家の躍進が目覚ましい。国連による国民一人当たりのGDPランキングでは、モナコ、リヒテンシュタイン、ルクセンブルクと小さな都市国家がトップ3を占め、シンガポールも15位と、29位の日本と大きく水を空けている。これらの国は、規模や力をふりかざすのでなく、社会のルールや国土の使い方に工夫を凝らすことで存続している。役所に足を引っ張られるくらいなら、役所の無い【非法人地域】の方がまだましだ。今地域社会の担い手が見習うべきは、周辺国と強調しながらしたたかに生きる都市国家たちではないだろうか。