夢と世界

昨日は久しぶりに息子と孫を連れて温泉プールに遊びに行き、すっかりおじいちゃん気分に浸ってきた。その帰り道、日本を代表する情報企業R社に勤めている息子と、二人でグローバルビジネスの未来について偉そうに語り合っているうちに、僕はこんなことを思いついた。近未来を描くSF映画を見ていると、大きな民間企業やシステムが世界をコントロールして、そこには国家の姿はあまり見当たらない。代表的なのがターミネーターに出てくるサイバーダイン社(スカイネット)だが、ブレードランナーのタイレル社などロボット系の巨大企業も登場する。ロボコップやAIなどは民間企業が政府や行政機能を請け負うようになる話だし、マトリックスなどのようにすでにシステムが人間を支配している設定もたくさんある。これまでも人類の文明は、思い描いた方に進歩してきたことを考えると、これらの空想はどんな未来を示しているのだろうか。

 

まず第1に考えられるのは、世界をつなぐインターネット網の発達だろう。息子が例えに出したのは、先般iRobot社が発表した「掃除ロボットルンバの収集した間取りデータの販売」だ。ルンバのAIが学習したユーザー家庭の間取りデータをネットで収集してgoogleやamazonに販売すると物議をかもしている。コンピュータの処理能力と、インターネットの通信速度、さらにはバッテリーの容量や電気製品のエネルギー効率が劇的に向上する中で、人間には面倒で退屈な膨大な作業を一気に処理してしまうことによる変化がすでに始まっている。こうした変化の是非を問う議論があるのは当然だし、批判的意見もたくさんあるが、この変化を止めることは難しいだろう。生物界にも「これってホントに進化なの?」と思えることがたくさんあるが、自然の成り行きには誰も抗えない。

 

インターネットが通信で世界をつなぐと、そこには世界をつなぐ様々なシステムが成立する。話題のビットコインに対しても、大多数の人々はまだ到底受け入れられない段階だが、僕の周囲の大学生たちは、すで取引を始めている。バルト3国のエストニアは、ソ連崩壊後に独立したばかりの小国だが、世界でも最先端の電子政府を確立しており、インターネットを介した行政サービスを国内外に提供している。ここで使われているブロックチェーンという仕組みは、分散型台帳技術と呼ばれるビットコインの中核技術を原型とするデータベースだ。こうした集中一元管理を必要としない分散型の構造こそ、民間サーバをつなぐ専用線ネットワークである「インターネット」の構造そのものだ。そこにルールと信頼関係さえあれば、自由でオープンな交流が世界をつなぐことになる。

 

未来社会で国家の影が薄いのは、もはや国家が役に立つ仕組みではなくなってきたことを意味するのではないだろうか。インターネットの世界には、もはや国境は存在せず、リトアニアのような「国家サービス」こそが存在感を持つ。世界のネットビジネスから支持されることこそが、リトアニアの対露国防戦略と言ってもいいだろう。これまで一握りの既得権者が利益を独占してきたが、これからは知恵とスピードのあるものが、公然と利益を独占するだろう。そしてその利益を使ってどのように世界に貢献するのかを競い合い、社会還元率の高いビジネスがさらに支持を集めるようになるかもしれない。国家も所詮ビジネスに過ぎない。評価に耐える社会貢献ができなければ存続の価値はなく、民間企業が取って代わるべきだろう。ソーシャルビジネスとは、そうした芽吹きであることを、自覚すべきだと僕は思う。

 

国家が戦争のための組織なら、さらにその存在意義は減るだろう。ネット社会は平和が大前提にあることは、多くのSF映画で説明済みだ。ネット社会の戦争は、システム対人間の戦いになるからだ。もしも「戦争の目的は平和」だと言い張るなら、ネット社会では抗争ではなく対話で決着をつけられる。すでに人間はAI将棋に勝てなくなった。だが、それは人間の敗北を意味するのではなく、人間より強い抑止システムができたと考えればいいことだ。どうしても決着のつかない対立は、AIの判断に委ねればよい。それが嫌なら譲歩して、負けるが勝ちというのが人間の強さだと思う。そもそもこれからの世界は、軍備などやってる場合ではない。地球温暖化に向け、「地球環境救助隊」に改組しなければ、自然災害に殺される。

 

戦争と軍隊が無くなったら、世界のあちこちで国は要らなくなるだろう。なにも1億人もいなくても、ネット社会ではいかようにも独立国を作ることができる。福島も沖縄も、当てにならない政府を見限って、さっさと独立した方が賢明だ。何も国境を作る必要はない。国がしてくれないことは自分ですればいいだけのこと。これは国だけの問題ではなく、都道府県や市町村でも同じこと。役所があてにならなければ、さっさと自分たちで始めればいい。その時意見がまとまらなければ、賛同者だけで始めればいい。それもうまく行かなければ、やり方を変えてみるだけのこと。何かの目的のために集まった人たちこそが、新しい地域を作る。エリアを決めて何かをするのでなく、何かをするために必要なエリアが地域社会となるべきだ。何も起きないエリアは、ひとまず空き地だと思って後回しにすればいい。そうすれば、日本は空き地だらけの新天地になるはずだ。

 

そんな話をしているうちに、車は息子の家に到着した。かわいい孫娘の寝顔に別れを告げ、カミさんと二人帰路に就いた。息子と二人、世界を股にかけて語り合っている間、カミさんは孫娘を抱いて夢の世界に行ってたようだ。まるで違う夢から覚めて、二人でニヤニヤ思い出し笑いをした。面白い世界を作るには、まず面白い夢を見なけりゃ始まらない・・・か。