僕は縁あって、世田谷との関わりが多い。そもそも昭和39年、7歳の時に亀戸から越してきて、結婚するまで過ごした地でもあるのだが、2005年に建設会社を飛び出すきっかけとなった世田谷ものづくり学校、その大家さんである世田谷区との様々なプロジェクト、その間出会った区内で活動する多くの起業家たち、そして現在の活動拠点である笑恵館など枚挙にいとまがない。だが、それらのどれ一つとして「世田谷」という地名や地域を想起させるものはない。世田谷は「区名」であると同時に「町名」でもあり、世田谷区を5分割した1エリアの名称でもある。全体としては90万を超すマンモスタウンではあるが、そこに世田谷としてのまとまりやコミュニティがある訳ではない。三茶や、下北沢を意識することはあっても、世田谷という言葉は何も示していない。それは、面積や人口が大きいから掴みどころがないのではなく、そもそも「世田谷」が「行政区」としての意味しか持たないことに起因している。

 

先日名栗の森のメンバーのNさんから「岐阜の山村で村づくりに取り組んでいる工務店があるから一度会ってみませんか」との提案をいただいたので、昨日墨田区曳舟を訪れ、竣工直後の木造住宅で内覧会を開催する中島工務店のNさんとお目にかかった。本格的な木造住宅を案内していただいた後、「市民が土地の所有者として地域社会を担うべき」といういつもの話を僕から切り出したところ、Nさんは「私の本業はむしろ村づくりの方であり、家づくりやビジネスはその手段の一つにすぎません」と熱く語り出した。岐阜県中津川市加子母村は、2005年に中津川市に編入され、現在独立した行政区域ではないが、それ以前から活動していた「加子母村づくり協議会」の活動を住民たちが継承し、現在「NPO法人かしもむら」として継続しているという。「かしもむら」という法人名に岐阜県は当初難色を示したが押し通したという、NPOが真っ向からむらづくりに挑むとは驚いた、「できれば、市からの独立を目指したい」と語るNさんの目は、輝いていた。

 

僕が通い始めた千葉県夷隅郡御宿町は、行政単位としては独立してはいるものの、「隣接自治体との合併は時間の問題」と地域の識者たちは口を揃える。その危機感をばねにして、「市民・土地所有者によるまちづくり」を仕掛けていきたいと画策する僕にとって、Nさんの言葉は衝撃だった。「地域の独立を守る」の先には「地域の独立を勝ち取る」という「より力強いビジョン」があったことを僕は思い出した。アメリカでは、州ごとに日本の都道府県に該当する「郡」が設置されているが、それとは別の地方行政区画として各種の自治体があり、これらは日本における市町村レベルの機能とほぼ同等で、合衆国全体で計84,400ほどある。しかし、アメリカ合衆国の自治体は州によって区画されて成立したものでなく、住民によって設立され州憲法に定める手続きによって承認され法人格を得るものであり、自治体が設置されていない地域が国土面積の大半を占めている(wikiより引用)。今、このNPOが目指しているのは、まさにこれだと僕は思った。

 

僕がこのことを知ったのは、今から10年前、夕張の破たん宣言を受け、「僕を特使として夕張に送り込んで欲しい」と、当時の内閣府に提案した時のことだ。意外なことに、特区担当のKさんから「松村さん、是非行ってください」と言われてしまい、さあ大変。僕は慌てて地方自治について勉強した。国内の地方自治に関する現状や諸制度を俯瞰したのち、世界の実情を調べてみた。インターネット恐るべし…自宅で居ながらにして、様々な知見を得ることができた。そこで知ったのが、極端に言うと地方自治は仕事ではなく、むしろ奉仕に近い活動だということ。議会は仕事が終わった夕方以降に開催され、議員報酬も「スズメの涙」程度というのが世界の常識だ。問題は、行政の自立でなく市民の自立だ。地域の自立を阻害するとして、自治体の合併を忌み嫌ってきた僕だったが、政府に割り振られた自治など、合理化し、自動化し、ネット化、AI化してしまえばいいと思う。

 

今朝テレビを見てたら、「福島県の風評被害を克服するためにFUKUSHIMAを違う名前に変えたらどうか」という議論をしていた。提案者である星野リゾートの星野社長は「”福島”でなく”FUKUSHIMA”でネット検索して欲しい。世界から福島がどう思われているのがよくわかる」と語る。これに対し、「名前を変えるなど、姑息な手段は到底受け入れられない」という意見が多数を占める一方で、「”福島”は所詮、”与えられた名前”に過ぎない。新しい時代を開くために、自分たちの意思で名前を変えることは、決して姑息ではない。」という意見も飛び出した。地域社会の、そしてビジネスの閉塞感を打ち破るのは、自分で気づき、思い立ったことを臆さず語り、実行に移すことだと星野氏は断言する。与えられたものの中から答えを探さなければならないという思い込みを打破しよう。選挙などというお祭りでなく、日々の活動で社会を作ろう…と僕は思う。