1.ビジネスと社会

ポケモンGOショック

これまでも、任天堂の成功には驚き続けてきた。トランプを作っていた会社が、ファミコンという電子機器のメーカーになるなんて。スーパーマリオというゲームがその機器を普及させるなんて。端末の上に乗っかって、バーチャルゲームや健康管理を行うWiiなど、さらに新分野を開拓し続けるなんて。ゲームのサブキャラだったポケットモンスターを、世界中に普及して「ポケモン」という企業まで生み出すなんて。任天堂のテレビCMがまたすごい。一切の説明もなく、スーパーファミコンをプレゼントされた子供が狂喜する姿を見せるだけ。そしてとどめが今回のポケモンGO、もはや社会問題として報道番組がこぞって宣伝してくれる。これぞ究極の「ソーシャルビジネス」、僕は脱帽だ。

そもそも僕も、任天堂チルドレンだ。大学時代の電算機演習で、パンチカードがうまく作れずにコンピュータ嫌いとなり、CADやワープロなど見向きもせず、図面は手書き、文字は写植にこだわっていた。ところが1989年の誕生日に義弟から「ファミコン」を送られ、一緒にもらった「ドラクエⅢ」にすっかりはまった。それはハードウェアにソフトをインストールして、様々な作業を行う、まさに「パソコン」との出会いだった。当時バブル景気で仕事が溢れ、「営業などしないでいいから、経理やシステムを整備しろ」と会社の雑用を任されたので、予算をちょろまかしてPCやらソフトを買いあさった。まだ高価だったPCを導入し電算室と喧嘩をし、一太郎を導入して和文タイピストと喧嘩をし、高価なCADシステムを買ったお釣りでPC用の安いCADを買ったりした。

その10年後、僕は自分の会社を潰してしまい、IBMのオフコンシステム(AS400)をすべて失った。諦めず、多くの人の助けを得て、倒産直後の業務再開を実現したものの、会社から持ち出した数台のパソコンとプリンターでは、業務管理も給与計算も何もできない。すでに業務の自動化は、システム無しには何もできない企業体質を作り上げていた。全員が電卓片手に勘定をするか、力づくでシステムを再構築するか、僕は即座に覚悟を決め、PCに入っていたマイクロソフトの「Access」を使い、見様見真似でDBを作り始めた。解らないことは現場に聞きながら、火事場の馬鹿力で月末の支払処理に間に合わせた。僕は、このパワーを任天堂から授かったと今でも思っている。だから今回の「ポケモンGO」は、僕の頭に電撃ショックを走らせた。

初めにも言ったとおり、「ポケモンGO」は完全に社会現象だ。もちろんビジネスとしての成功やその経済インパクトも半端ではないが、それ以上に「人が動き出し、事件を起こすこと」こそが一大事だ。さらに言えば、発生間もないこの出来事が引き起こす「世界の変化」に対する「確信にも似た期待や予感」は、いったい何なのか。こぞってダウンロードする人たちは「いつも発売時に行列を作るゲームお宅」ではなく、「新しく開かれた世界の入り口に殺到する人々」に思えてくる。政治家、宗教家、役人、警察までも巻き込んで、「誰もが無関心でいられないような世界」を提示することが可能だということを、僕は見せてもらっている。「誰も」とは言わない、「多くの人が無関心でいられなく状況を作ること」こそ目指すべき・・・と啓示を受けた気分だ。

僕の脳内はビリビリと電気が流れている。なぜなら、僕の課題はまさに「無関心」なのだから。未来への無関心が無目的を生み、現状維持を生み、孤立を生む。土地所有者を「無関心でいられなくすること」から土地資源の活用を始めたいとと僕は考え始めた。「無関心でいられなくなること」には、様々な要因がある。無料でできること。誰もが知っていること。その場で起きること。僕はポケモンを追って世界を歩き回るのでなく、リアルな場所の面白さを求めて誰もが歩き回る世界を目指したい。それが実現した時、世界はどうなるのか、ポケモンGOはそのヒントを教えてくれた。だから僕には、ポケモンGOをやっている時間は無い。