高校は何のため

7月4日、神奈川県立氷取沢高校の「総合的な学習の時間」で講師を務めさせていただきました。

お誘い下さったN先生との出会いは、3年前にIID世田谷ものづくり学校で開催した「ナマイキ高校生養成講座」です。

当時「夢高校」という事業を思い立ったものの実現の手立てを思いつかずに悶々としていたころ、IIDが夏休み企画として「高校生向けプログラム」を探していたので、急遽3日間のプログラムにまとめて実施しました。

結局この講座には3名の高校生と4名の大人が参加したのですが、その大人の一人が現役高校教諭のNさんでした。

なので、今回のお誘いに僕は感激し、即決で快諾させていただき、当日はもちろん「腕によりをかけて」臨んだことは言うまでもありません。

学校からの要請は、「キャリアガイダンスの一環として、仕事に取り組む社会人からのアドバイス」だったのですが、僕の仕事ぶりなど話しても何の意味もありません。

僕は勝手に「高校は何のため」というテーマを引っ提げて、スーパーカブで乗り込みました。

僕は、日本の教育制度における「高等学校」の位置づけについて、重大な疑問を感じています。

我が国の教育課程は「初等(幼稚園+小学校)」「中等(中学校+高校)」「高等(大学+大学院)」の3段階に分かれていますが、その内の「小学校+中学校」が義務教育とされています。

そのため、中等教育は「前半が義務、後半が任意」という状態になってしまい、中等教育をまとめて担う「中高一貫校」と、高等教育の後半に編入可能な「高等専門学校」と、いわゆる3年生の高等学校の3種類が並立しています。

その結果、高校生年代の大多数が通う「高等学校」が「義務教育でも高等教育でもない勉強」という半端な過程を受け持ちます。

そして、この年代は大人でも子供でもない不思議な時代です。

IID世田谷ものづくり学校から高校生向け企画の提案を求められたのも、そもそも高校生の捉え所が解らないからです。

中学生以下なら父兄が、大学生以上なら本人が、大人として社会参加していますから、情報を届けることも可能です。

ところが高校生は、親からは独立しても社会に参加しておらず、何を求めているのかわからない、不思議な存在です。

もしかすると、親も教職員もそして本人たちも、就職や進学に備えて勉強や部活に自分たちを駆り立てて、忙しくしようとしていますが、「この時期にやらなければならないこと」を本当にわかっているのか・・・と僕は心配です。

僕は「支援活動家」として、迷走する方たちの相談を受けるうちに、多くの人がビジネスや人生で「明確な目的」を持たないことに気付きました。

「あなたは何のためにこの仕事をしているんですか?」という問いに大多数の人が即答できません。

それに対し元気に活躍する人たちは、この問いに対し「待ってました!」とばかりに熱弁を振るいます。

自分の行き先や目指す方向が明確だからこそ、何をすべきかを自分で考えるだけでなく、他人に相談することもできます。

だから僕は「自分の目的」のことを、「人生の乗車券」に例えます。

行先の書いていない切符では汽車に乗れません。

そもそも人は、この切符をいつ手に入れるのか。

たいていの人は、物心ついたころにはすでに持っています。

何をやりたいか、何をやりたくないかは、その人の個性そのものです。

ところがそれが高校生時代に失われていると僕は思います。

この授業が、高校1年生を対象に行われることを当日知り、僕は内心飛び上がりました。

中学を卒業し、これから自分の夢や思いを失っていく、彼らこそその張本人です。

僕は自己紹介やプロフィールを適当にやっつけて、「君らはもう大人だ、社会に出てどんな人になりたいのかを、卒業するまでに決定しろ」といきなり宣告しました。

その瞬間、ちょっとだけ空気が変わった気がしました。

そして僕は、次のような話をさせてもらいました。

大人になるということは、社会に出て人生というゲームをやることです。

そのために、義務教育では社会のルールをみっちり教わります。

ルールを知らなければ、ゲームを楽しむことはできません。

でも、ルールの勉強はもう終わり。

高校では、自分の行き先を決めるために自分に必要なことを学びます。

だから、わからないことが有ったら、先生や両親だけでなく、誰でも大人を捕まえて相談してよろしい。

僕の携帯もメールも、いつでも君たちの相談を待っています。

そして、自分の目的に合わせて進学でも就職でも選んでください。

うまく選べなければ、行った先できちんと自分の目的を名乗ればいい。

そうすれば、相手がいろいろ教えてくれます。

だけど、自分の行き先を決めるのはそう簡単ではありません。

イチローのような人はめったにいません。

だけど手ぶらで社会に出てはいけません。

そこで行先に迷ったら「適当に」決めて、「とりあえず」真剣に目指してください。

自分にとってその行き先がふさわしいかどうかは、行ってみなければわかりません。

歩いているうちに「違う」と感じたら、そこで少し修正すればいいんです。

とにかく手ぶらで歩かないこと。

切符を持っていなければ、どこにも入れてもらえません。

「世の中つまらない」なんてぼやいている人は、そんな人だと思います。

僕は今日、高1のみんなにこのことを伝えることができて本当にうれしいです。

いつの日か、みんなから困った電話やメールが来ることを、楽しみに待ってます。

こうして20分の持ち時間はあっという間に過ぎました。

すぐに移動してもう1クラス、同じ話をさせてもらいました。

質疑応答の時間など夢にも作れませんでしたが、最後に「僕の話、面白かった人は手を挙げてください」と言うと、8割くらいが手を挙げてくれた。

僕が小躍りしていると、「でも難しかったー」と女子の声。

最高の評価をいただきました。

当日のアンケート結果が待ち遠しいな。