若者よ「破たん」なんか恐れるな!

先週「お金を使わない起業」の話をしたところ、多くの反響をいただいた。なぜ僕がこの考え方に至ったかというと、1999年に会社が倒産し一文無しになったからだ。つまり、是非もない、僕には使いたくてもお金がなかった。だが、起業とはそんなものだ。初めて起業するのは最初の一度だけで、その後に繰り返されるのは、失敗や行き詰まりを打開するためのチャレンジだ。今にしてみれば、そもそも倒産という破たんに出会わなければ、僕が起業に目覚めることはなかっただろう。だからあなたも、進んで失敗すべきだ。問題解決を先送りし破たんを避ける生き方など、愚の骨頂だと僕は思う。特に若い人に、破たんの魅力を説明するから聞いてほしい。

僕の会社が潰れそうになったのは、メインバンクの破たんがきっかけだった。受注予定が次々と破談になり、周囲の人たちが「御社は大丈夫か?」とざわめき始めた。そこでまず、僕は顧問弁護士のM氏に「会社はどうなったらお終いなんですか?」と尋ねたところ、「ううん、君が諦めたときかな」と、とんでもない答えが返ってきた。吉野家の管財人としても有名な倒産事件のプロフェッショナルでもあるM氏は、「そもそも倒産というのは法律用語ではない俗語で、法律上は破産と和議の2つしかない。いずれにせよ自己申告によるもので、いつまでもずるずると迷惑をかけ続けながら死なない会社はいくらでもあるんだよ」と説明してくれた。つまり「破たん」とは、「無事の解決を諦め、損害に対する責任を取ることで次のステップに進むこと」と言える。

2007年3月、夕張市は総務省に財政再建計画を提出し、財政再建団体に指定された。再建計画の概要は、560億の債務を360億に減免し20年で返済するというものだったから、もうあれから9年が経ち、残り11年で夕張は北海道で唯一の「無借金のまち」になるという訳だ。当時、ひょんなご縁で内閣府特区担当のKさんから極秘の依頼を受け、僕は1週間夕張市に滞在し、再建計画立案のお手伝いをした。はっきり言って1万3千人の夕張市民に対する夕張市の債務より、国民一人当たりに対する日本政府の債務の方がずっと大きいのに、日本政府が破たんしないのはだれも責任を取ろうとしていないだけのこと。僕の提案が実を結ぶことはなかったが、当時のG市長が焼き鳥屋で酔った勢いも借りながら「松村さん、僕は夕張の若い人に言いたいんだ、このまちは20年後に北海道一のまちになるんだと。でも、勇気がないから言えない」と泣いていたのを思い出す。

このエピソードで僕が言いたいのは、実はG市長が最善の策だと確信したからこそ財政破綻の道を選んだということだ。そもそも僕に内閣府から依頼が来たのは、当時の政府=総務省から、財政破たんした夕張市の相談に乗らないよう、各省庁に指示が出ていたからだ。しかし小樽市出身のK氏にとって、夕張の窮状は他人ごとではなく、とても見殺しにはできなかったという。かといって、表立って夕張支援をするわけにもいかず、倒産経験のある民間人に目を付けたらしい。それほど政府は財政破たんを嫌い、悪と決めつけていた。だが実際に夕張に行ってみて、財政破綻こそが役所でもできる唯一のリストラだと僕は確信した。だからこそ政府は破たんを嫌い、他の自治体に波及しないよう夕張市をいじめ、見せしめにしたのだ。財政破たんとは、役所を半殺しにすることでまちの生き残りを図るようなもの。自身の生き残りばかりを優先する奴らには、まちのために自分を捨てたG市長の涙を理解できないだろう。そして当時のG市長は、まさにそんな奴らに取り囲まれていたのだろう。

失敗や破たんとは、挑戦が口実とならぬよう自ら惰性を断ち切ること。失敗を認めそれを本当に乗り越えなければ進歩はない。だからこそ、失敗せぬよう用心するのでなく、再度チャレンジするために進んで失敗すればいい。結果が出ない時は失敗と判断し、仕切り直した方がいい。そして本当に失敗した時は潔く非を認め、迷惑をかけた相手に謝罪すればいい。そうすることのメリットを僕はよく知っている。だからそんな時は、いつでも相談してほしい。君が若者なら、どこへでも一緒に頭を下げに行く。