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土地資源の活用に関する相談を受ける機会がだんだん増えてきましたが、僕が取り組みたいのは利用者より所有者からのご相談です。なぜなら、土地資源の新たな活用には所有者の同意が不可欠ですし、その継続には所有者の参加が不可欠だからです。ところが実際に相談に見える方の多くは所有者ご本人でなくそのご家族です。所有者にしてみれば、土地資源の将来は自分の死後の世界でもあり、あまり考える気になれないのかもしれませんが、これから土地資源を継承する人にしてみれば、将来は自分が所有者になる時のことなので真剣です。ところが本人以外のご家族は実際の決定権を持っていないので歯がゆい思いをされています。そんな中、Sさんは母上の任意後見人となり、いよいよ土地資源のマネジメントに乗り出そうとした矢先のこと。家庭裁判所から大ブレーキがかかったのです。

成年後見制度(せいねんこうけんせいど)とは、広義にはその意思能力にある継続的な衰えが認められる場合に、その衰えを補い、その者を法律的に支援する(成年後見)ための制度のことです。認知症など判断能力のなくなった人が、無駄遣いをしたり騙されたりして経済的に破たんしないように保護するため、後見人が本人に代わって財産を管理し、その内容を家庭裁判所に報告します。したがって、土地資源に関していえば、不利益な条件で賃貸したり、不当な安値で買いたたかれるのを防ぐ効果は絶大です。しかし、土地資源の積極活用を促進したり、保全整備に費用をかけることは、その妥当性を家庭裁判所がすべてを判断することになります。さらには、そうした業務の対価を得ることは後見人には原則として許されません。それが被後見人の子どもであれば、相続対策として否認されます。

この制度において、土地や建物は所詮「財産=お金」です。そうでなければ、その価値を誰も客観的に評価することはできないでしょう。もしも被後見人が望む姿が、周囲の人からどんなに喜ばれるものであろうとも、その資産価値を下げることになるのであれば認められません。そんな「価値」に関する議論を、弁護士や裁判所としなければならないこと自体、とんでもない負担であり無駄なことです。たとえ本人が何もわからなくなっても、その財産の継承者が本人の意思も引き継いでさえいれば、傍からどう思われようとかまわないはずです。

この制度には民法に基づく法定後見と、任意後見契約に関する法律に基づく任意後見とがあり、「成年後見」の内容については様々ありますが、「成年後見」自体を中止することは「被後見人の判断能力が回復するか死亡した時」でなければできません。つまり、「一度始めたら、やめることのできない制度」と考えるべきでしょう。財産や思いを継承する人がいないのであれば、これも当然のことと思いますが、もしも信頼できる継承者がいらっしゃるのでしたら、この制度は「引き返しのできない本当の最終手段」と考えるべきだと思います。

そしてさらに思うのは、どんなに仲が悪くても、財産や事業の継承については1日も早く始めることが肝心だと思います。そもそも、周囲の人が財産を把握していないことが騙されたり取られたりする原因です。家族の財産は、誰の名義であろうと家族全員が所有者の自覚を持ち、「みんなの資源」として生かすべきです。それができない時点で、すでにその家族は崩壊していますし、それができる間柄でありさえすれば、血のつながりなど関係なく家族として存続できるのだと思います。裁判所に守ってもらう家族になど、絶対になりたくありませんよね!