【環境と経済】

先日、Kさんからお誘いを受け、石田秀輝氏(合同会社地球村研究室代表、東北大学名誉教授)のセミナーに参加した。僕の思考や活動にとって示唆に富んだ素晴らしい話だったので、いくつか紹介したい。まず「環境と経済は両立しない」という話。どんなに省エネの商品を作ってもそれをたくさん売ってしまえばエネルギーを大量に消費してしまう。「エコポイント」という省エネをお金に換算する試みも大失敗に終わり、CO2の削減目標も1割しか達成できていない。「いくら地球にやさしくしても、地球は許してくれないよ」と言わんばかりの話だ。僕もこれにはほぼ同感。確実にやってくる地球的な危機に対し、全人類で立ち向かおうと夢見る人たちと、絶好のビジネスチャンスとばかりにエコ商法に走る人たちが混然となっているだけのこと。

この両者の決定的な違いは、「未来」の考え方だと石田氏は説明する。科学者たちは過去を参照し、これまで起きたことから未来を類推するが、企業は現状やっていることが成功する願望としての未来を思い描く。環境省の未来には異常気象や人口問題が描かれるのに、経済産業省の未来には自然エネルギーや自動運転カー、介護ロボットなど、各社が提案する未来の商品が描かれる。本当は、これらを一枚の絵にまとめ、自然の驚異にテクノロジーが立ち向かう姿を描くべきなのに、現状そんな絵は見当たらない。僕が子供のころに見た手塚治虫の鉄腕アトムには、すでに最新技術と環境問題のジレンマが描かれていたことを思うと、不思議な気持ちになる。誰もが「自分に都合がいい答え」を描いている限り、人類は神の準備した壮大な罰ゲームに突入していくような気分だ。

 

【環境と自然】

環境と経済は両立しないかもしれないが、自然は見事にそれを実行してきた。巨大隕石の衝突や氷河時代などすべての生命が滅亡しそうになった時も、これを乗り越えながらさらに進化を遂げてきたことは驚きだ。事態を一向に改善できずにいる経済と、当然のごとく危機に対処する自然とはいったいどこが違うのか。その最大の違いは「お金」だ。経済はお金がなければ何もできないが、自然は一円もかからない。だからそのヒントは「お金」にある。そこであえて「お金を使うことの何がいけないのか」を考えてみたいと思う。

僕たちがお金を使うのはどういう時かといえば、物を買ったり、人を雇う時だ。物は必ず人から買うので、お金はいつも他人に払っていることになる。なぜ他人に払うのかというとは、それは自分ではできないことだからだ。自分自身でできるのであれば、そこにお金は発生しない。だれもが自分ですべてをこなしてしまえば、誰もお金を必要としない。つまり、自然とは「すべてを自分でやること」とも言える。もちろんすべての動物が自分だけで生きているわけではない。すべての生物は他の生物を食べたり利用して生きている。しかし、どんなに困った時にも「頼むこと」はあり得ない。力ずくで実行するか、自ら進んで犠牲になる。誰もが生きるためならば、どんな過酷な制約条件をも自分の力で何とかする。自然がこれほどに多様なのは、様々な制約をクリアするためにいかに多様な答えを生み出したかの証だ。制約条件をクリアするということこそが、これまで自然が行ってきた最大の創造行為だったのではないだろうか。僕には、お金を使って自分にできないことをしてもらったり手に入れることが、実は非創造的かつ退化を招く危険な行為に思えてきた。

 

【環境と地域】

石田氏のセミナーの終了後、質疑応答の際に僕は「環境とは周囲を自分の都合に合わせて認識すること、良い環境とは人間にとって都合の良い環境を意味すると理解してきたがどう思いますか?」と尋ねた。すると石田氏から「いや、環境とは一義的には範囲を決めて限定すること。限定するから制約条件が出てきて、自然はそこに適応した来たわけです。」という答えが返ってきた。僕は心の中で殺されたくらいにびっくりして、すかさず「なるほど!!目からウロコが落ちました。私は世界に対する地域という言葉を使いますが、全く同じことを考えていたので感動しました!」と興奮しながら叫んでしまった。「環境と地域」は、どちらも世界の一部分を切り取る言葉だったのか。あえて言うなれば、環境は自分から見た周囲のこと、地域とは世界を分割して限定した範囲という違いだろう。

僕が地域にこだわるのは、ビジネスや経済がグローバル化し、地域の枠を超えてしまったことが資源の面でも市場の面でも地域間の格差を拡大し、諸問題を引き起こしているからだ。これを解決するには、一方的なグローバル化を良しとせず、地域の自立・・・つまり地域内での小さなビジネスや経済を創出する必要があると考えている。一方で、石田氏が語るのはテクノロジーの世界の話。金の力で制約をクリアし、自分に都合の良い未来を描くテクノロジーでは環境との両立は望めない。なぜなら地球そのものが限定された有限だから。無限の成長テクノロジーは、地球が無限でなければ成立しない。これ以上の成長は宇宙へ行け。地球上では、有限な資源やエネルギーの制約をクリアする持続可能なテクノロジーが必要だ。例えばどんなに性能の良いエコカーよりも、人間の能力を引き出す自転車へ。イケアの家具は「安くて手作り」だから人々を幸せにすることができる・・・との見解に、僕は脱帽した。これから人間は、退化する人と進化する人に分化するのかも知れない。どちらが生き残るのかはわからないが、僕は進化の道を選びたい。