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本音と建前

誰もが身に覚えのある身近な話だが、いざ意見を述べようとすると漠としてつかみどころのない問題だ。こういう課題に対し、どのように意見を言うか、チャレンジしたくなった。まず、意見を言うにはその対象となることがらを明確にする必要がある。でも、その説明にてこずっていると、意見にたどり着くまでにくたびれてしまう。そこでまず、思い切って論点を絞ろうと思う。[本音と建前]の全体に対してでなく、[本音と建前を使い分ける弊害あるいは損失]について意見を述べたい。

僕たちが[本音と建前]を使い分けるのは、使い分けることにメリットがあるからだ。メリットとして初めに思い当たるのは、自分の意見=本音を人に押し付けるのではなく、誰もが受け入れられる意見=建前を提案し、大まかな合意を作ってから個別の意見調整をするやり方だ。これは[総論と各論]とも言われる合意形成のための方法で、本当の合意を作るために、まずとりあえずの合意を作るわけだが、あまりうまくいった試しがない。いくら建前で合意しても、本音で合意できなければ最終合意には至らない。結局、合意する気もないのに合意に向けて努力している風に見せかけるメリットが大きい。結局のところ、本音と建前を使い分けている限り、合意形成は不可能だと言っても過言ではないと僕は思う。

また、ある時外国人から「日本語は本当に難しい、それは本音と建前があるからだ」と言われたことがある。日本人同士なら、相手の本音と建前を聞きわけることができるが、外国人にはそれが難しいということなのか?。僕も似たような経験をしたことがある。あるセミナーで「子供にも分かるように説明しよう」と言ったら「それってどう意味ですか?」参加者から聞かれた。僕は「だから、子どもにも理解できるような言葉と言い方で説明するということだ。」と言ったら「なあんだ、子どもにも分かるように説明するってことですね?」と納得してくれた。僕は呆れて「お願いだから、僕の言葉をそのままの意味で聞いてください」と言ったら「判りました、これからそうします」となった。

[本音と建前]は現に存在する。僕だって何事に対しても本音と建前があるかもしれない。しかし、果たしてその使い分けなどしていてコミュニケーションは成り立つのか。本音と言われる言葉は、本当に本音なのか?。僕はここに大きな嘘を感じる。本音は心の中にあり、自分が感じることであって、それを正確に言葉にすることなど簡単にできるはずがない。つまり[本音と建前]の使い分けは、判断を免れようとする言い訳でしかない。[秘密]という言葉がこれによく似ている。本当に知られたくなければ言わなければいいのに、「秘密だから他人に言わないでください」とはどういうことか。「僕から聞いたことは秘密にしてください」、「この話は聞かなかったことにしてください」などと言いながら、秘密は世界を駆け巡る。つまり、秘密とは「誰もが聞かなかったことにすること」に等しい。本音は正確には本音ではない、秘密は実際には秘密ではない、どちらも[嘘]と言われても仕方ない。

結局「本音と建前の使い分け]はやめた方がいい・・・これが僕の意見だ。そもそも同意できない合意などしてはいけないし、各論と矛盾する総論など価値が無い。本当に米軍が守っているから中国は攻めてこないのか、外国が攻めて来たら反撃するのか。僕は中国の人たちに聞いてみたいし、日本のみんなに聞いてみたい。僕は絶対に反撃などせず、みんなの見ている前で最初に撃ち殺されて、その映像を世界に配信して賛否を問うネタにして欲しい。それが本音か建前か、そんなことはどうでもいい。そういう現実的な議論をしなければ、ことはいつまでも解決しない。