戦争したい人たちへ

いよいよ国会で「安保法制」の議論が始まった。内閣官房のHPには「国の存立を全うし、国民を守るための切れ目のない安全保障法制の整備について」と題した一問一答集が掲載されるなど、とても大切な議論だと僕も思うが、いつもながら国会の議論にはかなり違和感を感じる。そこで今回は、僕の意見を二つ述べたい。1つは国会の議論に対する僕の意見。そしてもう一つは、安保法制に対する僕の意見だ。

まず国会の議論を聞いていて思うのは、国会で【国会議員の意見】について論じていてもいいのだろうかという疑問だ。国会議論の結論は法律の制定だ。彼らは日本国を運営するルールを作るため、ルールの是非(良いか悪いか)を論じるべきなのに、自分の意見(どうしたいか)を述べているのはおかしい。昨日も「法理上はありうるが、我が内閣は非戦闘地域への派兵は全く考えていない」と答弁しているが、これは前半が事実で後半が意見であり「実際戦争できるが、僕はしたくない」と言っているに等しい。このサロンで僕は[自分の意見]の大切さや、面白さを皆さんに伝えたいと思うが、同時に[自分の意見]の限界というか有効範囲についても考えて欲しい。自分の意見は人間の数だけ存在する・・・つまり70億通りの自分の意見が有って構わないが、世界の現実・真実はただ一つしかない。

僕たちが互いの意見を尊重することと、ただ一つの現実を受け入れることは、まぜこぜにしてはならない。総理大臣と同じ意見だからでなく、総理大臣の提案するルールで良いと思うときに賛成しなければ、総理大臣が変わった時にそのルールは僕たちに牙をむくことになりかねない。現に今回のルールは、新しい提案ではなくこれまで守り続けてきた大切なルールの変更だ。だから、一番大切なことは「なぜこれまでのルールを変えなければならないのか?」という問いにきちんと答えること、もしくは誰もがこのルールを変えたいと思うことのはず。しかし「反対なら、私を選挙で勝たせなければよかっただろう」というのが安倍総理の論法だ。こんな奴が堂々と日本の再軍備を語っていられるのは、僕たち国民が自分の意見をきちんと持っていないことに起因していることも事実だ。

今度は、戦争・平和・軍備に対する僕の意見を述べてみたい。僕は戦争に賛成する人は誰一人としていないと考える。その理由は至極簡単・誰も人を殺したくないし殺されたくないからだ。ところがそれが身近でなく、どこか遠くで起こる時、人々の意見はたちどころにばらばらになってしまう。今回の議論の根底には「抑止力=戦争を活動をやめさせる力、思いとどまらせる力」という考え方があるが、この「強い奴に喧嘩を売るものはいない」という理屈はかなり怪しい。現に最も頻繁にテロの標的とされているのは最強のはずのアメリカであり、多くの米兵が命を落とし、精神を病んでいる。

第二次大戦後ほとんどの戦争と関わらずに来た日本は、アメリカの庇護が無ければ今頃皆殺しになっていたかなど、誰にも分らない。石油の販路が奪われ、経済的に国の存亡が脅かされるとき、これに対する攻撃は[自衛]だと言い張るけど、それでは他国に経済制裁をすることは、戦争を仕掛けているに等しいことになる。僕は、誰も望まないはずの戦争が起きるのは、それを[望む奴]がいるとしか考えられない。それは、戦争に勝つことに目がくらんだ人々を炊きつけて、武器を売りつける人々だと断言する。これは、限りなく断定に近い断言だ。

人は案外戦争好きだ。歴史を学べば、ほとんど領土の取り合いと殺し合いの繰り返しだ。

技術革新により情報操作が難しくなったが、民衆を洗脳・扇動する技術も進歩を続けている。動物学的にも若い男性の役割は[戦争]だという研究もある通り、戦争を否定するのは案外難しいことなのかもしれない。では逆に[戦争]の目的は何だろう。[話し合いで決着がつかないときに物事をきめること]ではどうだろう。だとすれば、確かにこれは避けられないし、僕たちも日常やっていることだ。ではその方法は何だろう。僕らはいつも殺し合っているだろうか。とんでもない、普通は[じゃんけん]とか[くじ引き]とか、時には[多数決]なんてこともやっている。国会で与党と野党が物別れに終わった時、最後の決着を[戦争]と呼べばいい。

そこで問題は、なぜ殺し合いをしなければならないのか? 誰も望んでいない方法でやらなければいいじゃないか・・・これを世界で初めて実行したのが、[日本]だってことを忘れちゃいけない。「国際紛争の解決手段としての戦争を永久に放棄する」という憲法9条は、まさにこういう考え方だ。愚かな人たちは「戦争を軍備で抑止するのが世界の常識」などと言っているが、ほんとに世界の人に聞いたのか? [憲法9条=戦争放棄]平和ボケした能天気のたわごとなのか? 武器商人の手先たち、そしてそれにそそのかされたおっちょこちょいに投票してしまった人たちと、選挙に行かず反対派に投票すらしなかった人たちは、そろそろ戦争に行く準備をした方がいいかもよ。

ちなみに、僕は死んでも戦争にはいきません。