鎌倉時代以降日本の社会は、武家支配による社会が長く続いた。歴史ドラマなどを見ていると、功績のあった武将がその褒賞として領地を授かり、そこを治めて国づくりに励む話をよく見かけるが、権力の中央に対し、上納金や献上物などの負担があっても、交付税や助成金のような分け前があったとは考えにくい。つまり、明治以前の日本では原則として全国各地が経済的に自立・自活していたと思われる。全国各地の地方都市の多くは、かつての諸国の中心都市として栄えたことがあり、文化的にも経済的にも自立していたはずだ。

明治4年7月14日明治政府は廃藩置県を断行、藩は県となって知藩事(旧藩主)は失職し、各藩の藩札は当日の相場で政府発行の紙幣と交換されることが宣された。当初は藩をそのまま県に置き換えたため、3府302県あったが、明治9年には35県と合併が進み、明治14年の堺県の大阪府への合併をもって完了した。しかし、面積が大き過ぎるために地域間対立が噴出したり事務量が増加するなどの問題点が出たため、明治22年には3府43県(北海道を除く)となって最終的に落ち着いたようだ。こうした小国の合併により、近代国家としての国体を整えられた経緯は、他の諸国でも同様だ。日本では諸藩を統治していた大名が、西欧では諸国を治めていた王侯貴族たちがその役割を終えた。廃藩置県の後、民主主義の普及と共に土地の民主化も進んだと考えれば、こうした変化からおよそ100年が経過したと考えられる。1世代を約30年とすれば、民主化されて3~4世代目の人たちが現在の所有者ということになる。

現代の土地所有者は、大名や王侯貴族とは違い、社会や法律の許す範囲で土地を自由に使い、そこから収益を得て、最終的には売却する一人の市民だ。しかし、今直面する空き家問題とは、これらの3つの権利=使用・収益・処分を行使せず、留保、放置している状態を指す。この問題はこれからどう進展していくのか、いくつかの可能性が考えられる。

  1. いずれすべては売却され、他の所有者が何らかの用途で使用する。
  2. いずれ何らかの方法で活用されるか、解体されて空き地となり自然に帰る
  3. 空き家は次第に増加し、対策は追いつかず、廃墟を経て最終的には自然に帰る。

こうして考えてみると、最終的な可能性は「使われる」か、「自然に帰る」の二つしか無いように思える。しかし現状はこのどちらとも違う状態であることを僕たちは忘れがちだ。

里山という言葉を耳にするが、これは人に管理された自然のこと。実は、世界の多くはこの[里山]の状態だと言っても過言ではない。僕の知っている森林保護団体は、キリマンジャロ山麓の国立公園拡大を阻止する活動に取り組んでいるが、それは原住民族の排除が目的だからだという。つまり、キリマンジャロ山麓の森林は原住民族の利用によって維持されていて、彼らを排除することでかえって森林の破壊が進んでしまうというのだ。日本の田園風景も、すべて人の管理のたまものだ。ごく一部の自然遺産以外は、およそすべてが人工的な環境であると言っていい。つまり、日本の美しい風景は、所有者たちの管理によって維持されてきた訳だ。

そして、社会問題として顕在化している空き家問題の背後には、賃貸不動産の供給過剰による空室と、世帯分割によって生じた余剰住宅の空室(老人世帯の空き部屋等)が潜在的に増加していて、施設利用の空洞化は空家比率13%の数倍に上る可能性がある。これらの余剰スペースに関する情報は開示されにくく、当然社会に開放されることは無い。「誰も使っていないのだから、どうぞ皆さん使ってください」などと言う家やアパートはめったにない。

これらの状況を踏まえると、すべての未利用土地建物を「活用または自然放置」するのではなく、[管理・公開・開放]することの方が現実的だと僕には思える。人口が減り、地域の担い手が減ることは阻止できないが、明治の初頭日本の人口が3千万人程度だった時代でさえ実現できた[地域の自立独立]に、21世紀のテクノロジーを駆使して挑んでみる価値があると僕は思う。そのために所有者がすべきことは次の3つだ。

  1. 土地・建物を管理する・・・美しく、安全に保つこと
  2. 土地・建物を公開する・・・使用を許す条件(夢)を開示する
  3. 土地・建物を開放する・・・誰もが未利用部分を使えるようにする

所有者が果たすべきこれら3つの役割を永続的に担うため、所有者任せにせず仲間を作り、みんなで国づくりをしたいと思う。必要があれば売買をし、ニーズがあれば賃貸もする。しかし、売買や賃貸は目的でも答えでもなく、途中の手段にすぎないことを肝に銘じたい。